生まれて初めて橋本治さんの本を読んだ。「その未来はどうなの?」という新書。
2年くらい前に内田樹さんの「街場の文体論」という本を読んだ。その 第1講 言語にとっての愛とはなにか? の中で、「説明する力」の高い三人の作家として村上春樹、三島由紀夫、橋本治と挙げられて、橋本さんについて内田さんの説明そのものが愛情たっぷりで、とても力を入れて橋本治という人を推しているのが印象に残っていたから。
(ちなみにこの本の出版時期に、内田さん・平川克美さん・小田嶋隆さんの鼎談を訊きに行き、鼎談後、内田さんから直々にサインを入れてもらったという特別感がある。政権はかつての民主党時代。誰が政権を握ったら危険な方向に向かって行くか。なんてことがひょうひょうと語られていて、ある意味でわたし自身が世の中をうがった目で覗き込むようになるきっかけ、風穴を開けられる体験だった。)
というのが敢えて ”生まれて初めて” とつけたかった理由。どうでもいいようなことだけれど、結構大事にしていること。
新書なので、そんなに構えずに入り込んだら大変なことになった。
なんというか、これがその、内田さんお墨付きの「説明する力」の高い橋本治さんなのね。と・・・
この本に至っては小説でもなく、橋本さんが体調を崩してしばらく入院などをし、そのリハビリを兼ねて書かれた本なので本領発揮には全然至っておらず、さらさらさら〜と力を抜いて(緩めて)書かれたのだろうということは簡単に想像がつく。
それにしても一気に読んだら頭が酔っぱらいのようになった。うわんうわんと目が廻っておっとっと軸足が揺らぎまくる。
恐るべし橋本治!・・・・さん。
「その未来はどうなの?」は全部で9章に分かれ、あらましはこんな感じ。(ちなみに発行は2012年8月。)
第一章 テレビの未来はどうなの?
第二章 ドラマの未来はどうなの?
第三章 出版の〜
第四章 シャッター商店街と結婚の〜
第五章 男の未来と女の〜
第六章 歴史の〜
第七章 TPP後の〜
第八章 経済の〜
第九章 民主主義の〜
新書をよく読むわけでもないので、他と比較する訳じゃないけれど、「参りました!」と声を大にして言いたい。よっぱらって目が廻るのをもろともせずに、彼の文体は怒濤のように押し寄せてくる。
例えばこんな感じ。少し長めです。(第五章 男の未来と女の未来はどうなの?より引用)
権利に目覚めた女達は、さっさと「美人」になります。権利と同時にメンテナンスの義務にも目覚めて、コスメやエステやファッションやらに精を出します。
すべての女に「”私が美人であっちゃいけないの?”という権利」があるのなら、それを知ったすべての女は、「ああ、私が美人であってもいいんだ」と思います。そうして美人の数は想像を絶するくらいに増えます。それは「呪縛が解けた」と言ってもいいようなもので、開放感やら期待感はDNAに働きかけて、実際に「美人」の要素が高い娘達も生まれて来てしまいます。(中略)
「美人」が当たり前になると、「私が美人であるのは当たり前だから、エステやコスメやファッションのメンテナンスだけしておけば大丈夫だ」という気になって、「美人であることの根本を保っておく必要」というのが重要視されなくなります。(中略)
「美人」だらけになって、もうなにが「美人」なのか分からないし、「美人であることになんの意味があるのかも分からない。でも、「美人」という概念だけはしっかりと存在して、それはますます強固になっていく。どこかで大きな変化が起こったことだけは明らかなのに、その変化がどういう変化なのかよく分からない。いつの間にか「変化を理解するための手掛かり」が失われているので、考えようがないのです。
しかし、「美人」に関する混迷がなぜ起こったのかは、考えてみればすぐ分かります。
「私が美人であっちゃいけないの?」と女から言われて、男が「いけない」と言わなかったからです。
なぜ男はそれを言わなかったのか? —・・・
と続きます。
全体を通してこんな感じです。通して読んだら目も廻ります。よくもまぁこんなに溢れんばかりに・・・と私などは思うのですが、きっとこれは橋本治にとっては生易しい朝飯前の準備体操のような、リハビリ的文章なのでしょう。
新書で目が廻っていたら、小説はどのようにして度肝を抜かれることになるのやら…
想像すると楽しみでもあり、ちょっと恐ろしくもあります。
ほんとうにおもしろい文体は、おもしろい故に、覚悟がいります。そんな予備知識をきっと内田さんは「街場の文体論」の中で伝えようとしてくれたのかもしれません。(すべては憶測。)
最後に。
「分からない」といってしまうのは簡単で、そのあと思考停止になるのも簡単。
大人になると「分からない」は恥ずかしいこと。と思い素直な「分からない」を無理矢理分かってるという自分の枠にはめ込むこともとても簡単。
その中間の「分からないけど、どうなの?」を出発点にし続けるのはなかなか根気が入りそうです。
その未来・・・「どうなるの?」ではなくて「どうするの?」という視点で。
「分からない」の先に一歩くらい踏み込んでみるのもおもしろいなーと思える一冊でした。
それではこの辺で。
中條 美咲