まとめて総ざらいの気分だったので、宮崎駿関連のまだ読んでいない本を何冊かポチってしまった。
ポチ。ポチって。便利過ぎて気をつけねばと思う…。
そしてジブリの教科書1 風の谷のナウシカを読んだ。
風の谷のナウシカ。
全てはここから始まったような、宮崎ワールドの原点みたいな作品。
一生かけてもこんな発想に至れる日はこないだろう。っていうほどに、深すぎて広い。
その深さや広ささえ、今のところ殆ど把握できていないことを、この本を読んでしみじみ思い知らされることになった。
「ジブリの教科書」はシリーズ化されていて、2013年に文集文庫から刊行が始まった。最新刊は「借り暮らしのアリエッティ」でシリーズ16冊目に突入しているらしい。
この本に関わった面々の名前をみて迷わず買ってしまった。
もくじはこんな感じです。
面白かったのは映画公開当時の新聞記事を再録!と満島ひかりさんの「遅く起きた頭のがんがんする朝に」というコラム。あと、鈴木さんの制作秘話号泣した宮崎駿という章。
今程、”宮崎駿”という名前が世の中に浸透していなかった評価が定まらない(評価対象がまだ出揃っていない)時期に彼の作品について書かれた記事はとても新鮮だった。
「木々を愛で虫と語り、風をまねく鳥の人」ナウシカの自然と共生する生き方は秀れたSFファンタジー、アーシュラ・K・ル=グウィンの諸作品やエンデの「はてしない物語」を、あるいは宮沢賢治の世界を思わせる。テクノロジーに対して自然や魔法を、暴力と破壊に対して夢と想像を、大国の支配に対して小国の自由を — これほど明快なメッセージを持ったアニメを他に知らない。(中略)
そして何よりもいいのは、少年のような姿をしていることだ。(中略)
そこではもう「男」とか「女」という既成の二元論は超克され、新しい人間の生が予感される。
監督はこれまでにも「未来少年コナン」や「ルパン三世・カリオストロの城」といった傑作アニメを作った宮崎駿。物質万能の魚座の次にやってきた、愛と共生の水がめ座(アクエリアス)の時代からの素晴らしい贈り物である。(川本三郎/評論家)1984年3月17日 毎日新聞
満島ひかりさんはひときわ異彩を放つ女優さん。それ程多くは知らないけれど、「それでも、生きていく」や「Woman」での彼女の演技はとても鮮明に残っている。
彼女の書く文章がまっすぐ過ぎて、ユーモアに満ちていて大好きになってしまった。
「。」と「、」の使い方が絶妙で、くせになる。
”風に乗るナウシカは、まっすぐな若いエネルギーに満ち溢れていて、まあるくて大きいのに、刹那。”
”知らない誰かが書いた、ナウシカの感想をいくつか読んでみたけど、それぞれで面白い。「わかる」も「ふーん」も「へぇー」もあって。大体、熱い。”
”映画にも登場するクロトワ。バカだけど賢くて、みみっちいのに豪快!ひねくれているけど優しい男。”
制作に関わった人はもちろんのこと、専門分野の人や専門外ながらとっても深く理解を深めたり、感じてる人。
いろんな角度から改めて眺めてみると気づかなかった発見がぼろぼろとこぼれ落ちてくる。
だからもう一度マンガも読み返すことにした。
満島さんのコトバを借りましょう。
”つたない文章で、記すのにはとても限界がある。ここまで書いて言うのもなんだけど、もしまだならば、読んでみてよ、観てみてよ。でございます。”
ということに尽きるのでございます。笑
文庫なのにカラーで何点か駿さんのラフスケッチ、イメージボードがあるのもとても魅力!
最後に。
上に載せた当時の新聞記事に書かれている内容で「愛と共生の水がめ座の時代から…」というくだりが個人的に気になってしまい(駿さんは1月5日生まれで水瓶座じゃないし…と)そのワードで検索をしてみました。
苦手な人は大いに苦手なスピリチュアル系(天文学・占星学)の話になりますが、どうやら地球の自転と太陽の方角にある星座の兼ね合いで2000年ごとに星座が変化しているとかなんとか・・・
諸説あるようですがおおよそ1996年くらいから水瓶座に入ったみたいです。(それまでは魚座だったそう)
魚座は「物質的なものへの執着」「二極論的な考え方」主体で水瓶座は統合していくエネルギー、「女性」性のエネルギー。調和していく力。物質から精神や霊へ価値観の変化。
「水」で始まり、「水」で仕上がり、「水」で落ち着く「水」の時代。などとありました。
とても壮大で半信半疑になってくる話ではありますが、2000年ごとに作用する星座が変化しているというのであれば、西暦2000年前後から大きく舵を切って、現在進行形で時代が変化しつつある真っ最中なのだろうなーと。2011年に起きた津波や原発事故、世界的な様々な混乱や反発運動などをみても、そういったことも少なからず影響しているのかもしれないなんて思ってしまいました。
少し脱線します。
1日の毎日新聞で「365日のシンプルライフ」という映画を撮ったフィンランドの映像作家、ペトリ・ルーッカイネンさん(30)が「フィンランドにも原発はあるが、原発が再生可能エネルギーかと議論する前に、いまのエネルギーの使い方や目的に焦点を合わせるべきでないか」と話す記事を読み、本当にそうなのだろうと、心底思いました。
この映画をきっかけにして、現地ではシンプルライフに移行し始める若者が次々と現れているそうです。
変わり目というのははっきり、くっきり「今、これがきっかけ!」とわかるものではなく、時間をかけて少しずつ変化していくのだと思います。
そんな時代を見越してか・・・宮崎駿さんが「水がめ座の時代」の始まりに先駆けて、そこから続々と生み出した諸作品たちが本当に効果を発揮し始めるのは、彼の作品を見て育った子ども達が大人になるこれからなのだろうと改めて勝手な確信を感じたところで終わりにします。
本書の最終章辺りに収録されている宮崎駿×E・カレンバック対談。火を捨てる?『ナウシカ』と冷蔵庫のある『エコトピア』と大塚英志さんの『風の谷のナウシカ』難題という考察もとても面白かったので、また機会があれば第二弾として書きたいなーと思います。
それではこの辺で。
中條 美咲