この夏いちばんの暑さを感じた日曜日。東京都渋谷区広尾にある山種美術館・水の音 展に行ってきた。
山種美術館は今回が初めての訪問だった。
水の音。
蝉の声に陽炎がゆらめき、真上から太陽が照りつけるうだるような暑い日には「水の音」という響きだけでも染み渡る。
たまたまTwitterかどこかで見かけ、名前が印象に残っていた。調べてみたら広重から千住博まで。ずいぶんと幅広い時間軸の中、「水の音」という焦点に合わせ、様々な日本画家の絵を展示しているとのこと。丁度千住博さんの作品を見てみたかったこともあり、訪れることにした。
恵比寿から広尾方面に歩いていくと、目の前にさらっと登場する。この字体、あまり気取った感じもせずに地に足がついているような、安心感がある。
館内も本当にさらっとしている。というかふつう。いわゆる美術館の凛とした空気感を醸し出したり、世界観を過剰に押し出しているイメージとは真逆で「あれれっ」と拍子抜けする。
展示室は地下。階段を下る。地下の展示室にいつもとは違うわくわく感が高まってゆく。
階段を下ると大きな扉が立ちはだかる。さらっ、さらっといくかな?と思いきやおおきな扉の演出。それだけのことに気持ちがすっかり、日常から非日常へ移っていることに気づく。
日本画、日本画家。といわれてもそこまでピンとこない。広重や千住博は作品のイメージもなんとなく浮かんでくるけれど、それ以外は殆ど無知。よっぽどピカソやゴッホ、モネやシャガールといった名前の方がピンとくる。
それくらいの何もない土壌からの出発。
展示は「水の音」というおおきな括りの中で、いくつかの章に分かれて進んでいく。
第1章 波のイメージ
川 ー流れゆく波
海 ー躍動する波
横山大観の光の角度によって真っ黒く見える銀色の月や、生きものの指先のような波の描き方が印象的。
第2章 滝のダイナミズム
千住博の生でみる『ウォーターフォール』は圧巻だった。あまりにも凛とし過ぎていて、寒気を感じる。あらゆるものを寄せ付けずに完成しているというか。。
フォーリンカラーズは赤・緑・橙・黄・紫で描かれた5種類の「滝」。赤は暗く魅力的な色と書かれていた。
緑は落ち着く。黄色は近づいてみたくなる。紫は…ずっと見ていられない。色が違うだけなのに、色が与える影響はとても大きい。
杉山寧の『澗』という作品に、心を奪われた。遠くから見るほどに引き寄せられる。
滝というと一直線に流れ落ちる勢いのある男性的なイメージが強かった。何度も枝分かれしてなめらかに流れ落ちる光景は女性的で、時間が停止しているようなやわらかくあたたかい世界を感じた。
第3章 きらめく水面
第4章 雨の情景
小野竹喬の晩年に描いた『沖の灯』
晩年になればなるほど、ほっこりとした、子どものような純粋な絵が描けるようになるのかなーと。他の作者の晩年の作品などもみて、そうかもしれないと思ったりした。
展示されている作品のいずれも山種美術館所蔵の作品というのがすごい。
全体を通して水気をたっぷり含み、見終わる頃にはすっかり外が炎天下の猛暑ということすら忘れてしまった。
今回の展覧会のイメージにも使われている奥村土牛の『鳴門』という大きな作品。始めに目にしたときはあまり印象に残らなかったけれど、終盤ミュージアムショップ越しにもう一度目にしたらずいぶん好きになってしまった。
最後に
しばらく前からわたしは熊本に行きたくてたまらない。何年か前に雑誌でみた、熊本の水源地の写真が記憶の中にずーっと残っている。
滾滾(こんこん)と湧き出す水。あまりに深く豊潤なので音もせずひたすらに湧き出してくるのだろう。
流れる水、溢れる水、満ち引きする水、留まる水。
かたちがあるようでかたちがない水。少ないと生きていくことは侭ならず、多過ぎては恐怖すら感じる水。
水のことを考え始めると、途方もなくあらゆる方向に広がってゆく。
懐かしい水の音。新しい水の音。
たまにはそんな風に、水浸しになるのもいいと思う。
だってそれが夏だから。
それではこの辺で。
中條 美咲