秘仏、不動明王について想うこと。

東寺の続きをお話します。

まずはHPから東寺について書かれた箇所を抜粋。

東寺は平安遷宮とともに建立された官寺、つまり国立の寺院。
その寺院を桓武天皇のあとに即位した嵯峨天皇は、唐で新しい仏教、密教を学んで帰国した弘法大使空海に託しました。

ここに、日本ではじめての密教寺院が誕生します。

東寺を託された弘法大使空海は、密教の主尊である大日如来を境内の中心にすえ、広大な寺域に曼荼羅を表現しようとしたのかもしれません。

HP東寺とはー より

東寺の西北に位置する御影堂。ここが空海の住まいだったそう。

わたしは正直なところ、行く前にあまり詳しい情報を調べず、割とまっさらなまま(つまり無知で勉強不足!)この旅に望んでいた。

ここには、空海の念持仏だった不動明王が祀られている。誰もお会いしたことがない秘仏として。

御影堂の奥のベンチで時間までしばらくボーっとしていた。
ご近所にお住まい・勤務の方なのだろう。御影堂へ参拝に来る方を何人もみた。
出勤前のサラリーマンや、軽装で何も持たずに訪れる人。皆日々の日課なのだろう。
私のようにおどおどせず、周りの色々に気を取られず、まっすぐお不動様の前に対峙し手を合わせている。お参りが終わると、さっと来た道を帰っていく。

 

一度も目にしたことがないその閉ざされた扉に向かって日々、多くの人が手を合わせる。

一方的に語りかけ、今日も一生懸命励みますのでどうか見守っていてください。などと宣言をし、一日が始まる。

だれに強制されることもなく、それを続ける人がいる。

 

扉の奥

そこは真っ暗で光も入らずにただただ沈黙の世界。

お不動様はこの世界に何を感じ、そこに居られるのか。

空海はお不動様に向かい何を念じていたのか。

 

沈黙ほど今の自分たちの生活に掛けてしまったものはない。

どれだけ祈っても、語りかけてもただただ沈黙。

なのになぜかあたたかくなる。

 

〈書きながらひとつ繋がった。先月みた「神宮 希林 わたしの神様」に出てくる方達も、みんなそうやって目には見えない神さまと対峙していた。

映画の最後、樹木希林さんが新しいお社 御簾の向こう側に向かってお参りしていたときに、風が吹き御簾がふわっとやわらかく膨らんだ。

まるで神さまがこちらに応えてくれたかのように。 〉

 

そんな日常の景色をみていたら、それだけで空海が造り上げたこの東寺というお寺が秘める何ものかを感じる。

 

そして拝観が始まり、立体曼荼羅の中心に位置する講堂・金堂の世界へお邪魔する。

あちらとこちらを繋ぐかのようなシンと静まり返った世界。言葉にならない代わりに身の毛が弥立つ。圧倒的迫力で踏み入れてしまったことを悔やんでしまいそうになる。

そしてひたすらに美しい。

 

中でも梵天や金剛宝菩薩が魅力的でずーっと見ていても飽きがこない。

このあと訪れる広隆寺の弥勒菩薩像なども今回お会いした仏像の中ではとりたてて美しく時間を忘れて見とれてしまう。

この国全体を覆う大小の”木”から彼らは生み出されている。

ふっくらと丸みがありつるっとした質感。指先まで繊細で意識が行き届いている。

ひとり一人意思を持ってそこに居る。

 

そこそこ美しいものは、一度触れれば満足だろう。
何度も触れているうちに慣れてしまい美しさなど忘れてしまうかもしれない。

仏像の美しさは真逆で、はじめはなんだか訳もわからず気味悪かったりするかもしれない。
何回か見ていくうちに個々の個性を感じたりする。見れば見るほど魅力が増していく。
もちろん全部が全部でなくて。自分のツボにハマる仏像がきっと見つかる。

 

 

最後に。

先に触れた広隆寺。直前までここに行く予定はなかった。 午後には事前予約済みの西芳寺と桂離宮が控えているので時間をみてどうするか決めようとなっていた。

ほかにもいくつか候補は挙がったが、旦那さんの希望で広隆寺に立ち寄ることにした。

広隆寺は603年。奏河勝が聖徳太子から賜った仏像(弥勒菩薩)を本尊として建立した京都最古の寺らしい。

大きくはないが、緑に溢れひっそりとした佇まいがとても気に入った。

豪華さや迫力はないけれど、鎌倉の覚園寺に継いで私好みのお寺だった。
参照:鎌倉・寺巡り・この国のかたち

 

京都でおすすめのお寺を挙げるとすれば間違いなく東寺と広隆寺を挙げると思う。

 

それではこの辺で。

中條 美咲