雨の帰り道には気をつけなくちゃならないことがある。
私の家のすぐ傍には大きなお寺がある。
地名にお寺と同じ名前がついているくらいなので、きっと古くからこの地に根付いたお寺なのだろう。
私の家はとても急な坂と階段の先にある。家を背にするように、お寺の墓地が頂上の一等地を占めている。居間と寝室のある南側は視界を遮るものはなく、日当りも風通しも眺望も抜群な一方、玄関を開けると目の前には裏山の墓地が広がる。少し不気味だけどわくわくする立地が気に入り、この家に住み始めて3年目になる。
家まで帰り道は3つあるのだけれど、階段ルートの場合、暗く街灯も少なくて少し怖かった。
お墓の脇を通る裏山ルートはより一層真っ暗で、木も生い茂っていて、本当に怖くてはじめのうちは通れなかった。坂道ルートは3つのなかでは一番王道なので、そこまで怖くはなかったけれど面白みには欠ける。
行き先(使う駅)によってもルートは変わるので、最近裏山ルートを通ることは少なくなったのだけれど、初めて”彼”に遭遇したのは、雨の日の帰り道。裏山ルートから帰宅した時だった。
昼間に遭遇することは少なく、必ず雨の日の夕暮れ以降に出没する。
彼らは大体、道の中央より少しばかり脇に逸れたところにどっしりと佇んでいる。
暗い夜道、湿った地面に直径10センチくらいの物体を足下に見つけ、目を凝視した。
そこにいたのは子供の頃、実家の池に出たような大きなおおきなカエルだった。
びっくりしたのと、ヒヤヒヤしたのと、うれしくなって、それからは彼らのことを「殿さま」と呼ぶ事にした。
ある時、階段ルートからの帰り道には…よほど雨が嬉しかったのか、そのわずか20メートル程の範囲で一度に(順番に登場)3匹の殿さまに遭遇してしまい、3匹目の登場(階段中央に鎮座)にはおかしすぎて口元がほころんだまま嬉しい気分で帰宅した。
こんな具合に私の住む家の近所には沢山の”殿さま”が今も元気に生息している。
会ったら会ったで未だにドキッとするのだけれど、会えたらなんだか嬉しい気持ちになる。
雨の日の帰り道はまちがっても踏んでしまうことがないように、「今日は会えるかな〜」と考えながら足下に目を凝らして帰宅する習慣ができた。
今日の帰り道は会えなかったけれど、雨の日はそんなことを考える癖が出来たので、意外と楽しみなのである。
最後に。
テレビや音楽を消して耳を澄ましてみると木や葉っぱを伝い、地面に流れる雨音がだんだんときこえてくる。いくら聴いていても飽きがこない。現代ではこういうことを贅沢というのかもしれない。
それでは今日はこの辺で。
中條 美咲