恋とお金と説法と。

遅ればせながら、つい最近初めて田辺聖子さんの書籍を手にとり、ものの見事にすっぽりとすっぽんのごとく田辺ワールドに嵌まってしまいました。

”「いいわけはしないけど、僕はほんというと、どんなときにでも、心の中では、君のことばかり考えていたと思うんだ」

すっぽん、って食道楽の人にいわせると、この世でいちばんおいしい、というそうだ。ほんとかしら? ビフテキとどっちがおいしいんだろう?

「僕は考えてみると、君がいると思えばこそ、安心して、身勝手なことをしてきたんだと思うんだよ。 ー 男のエゴ、と怒るだろうけど。……何のことはない、甘えてたのか?しかし、君がいなくなると思ったら、僕はもう、耐えられない」

すっぽんの肉って、どこの肉かしら?甲羅をとったら、肉があるのかしら。腕かな? 脚かな? 前の二本が腕で、うしろの二本が脚とすると、この鍋の中のは、腕の肉かな?脚の肉かな?ー”

田辺聖子 「甘い関係」より

先日ネットサーフィンをしていたところ、2006年頃のほぼ日で糸井さんと作家の川上弘美さんが対談をされている記事を見つけ、その中でお二人の会話に田辺聖子さんのお話が挙げられていた(第4回「話の筋よりも、どう触れられるかが気になる。」と第5回「恋とお金、手に負えないふたつのもの。』)ので、さっそく手に入れて読みはじめたという次第でした。

最近はあまり小説を読んでいませんでした。手に取る本も随筆などが多く、あれこれと4、5冊の本を気分に応じて同時進行させていた結果、どの本も中途半端にしか読み進まず、じれったいようなもどかしい気分にあった今日この頃でしたが、『甘い関係』を一気に読み終わり、なぜだかとてもハツラツとした爽快な気分を味わっている今現在です。

 

さっそくですが本文中の中でも特に、滑稽でいて、男女の関係性の変化をここぞとばかりに捉えた場面の一部を冒頭で引用させて頂きました。

この会話だけでは話の筋が読み取れませんが、そこには多くの入り組んだ色恋があり、紆余曲折あった後、熱から覚めた女性と、そんなことには気付かずにこの女性が自分のことをずっと好きでいてくれるのだろう。という男性の幻想をまざまざと描いている場面で、この辺りを読んでいると、なんとも言えないしみじみとした気持ちにさせられました。

この小説は昭和42年。戦争が終わって22年しか経っておらず、お嫁に行くまで女性が家を出て一人住まいをするなどあり得ないという時代背景の時分に書き下ろされたそうです。舞台は大阪。三人の働く(当時としてはとても先進的な価値観の)女性が、ワリカン独立という名の下に?今でいうルームシェアをしながら互いの人生を展開させていくのですが、この三人は全くタイプの違った三人で、読者が女性であれば必ずと言っていい程に自分の中にも彩子・美紀・町子誰かしら一人、共感できる人物がいるでしょうし、周りの友人を思い浮かべ「この子に似てる!」などと当てはめてしまう位一人ひとりのキャラクターが見事に生きています。

登場する男性陣も本当に巧妙に描かれていて、 作者の田辺さんの洞察力の底深さに読者が男性であればなんだか後ろめたさを感じたり…してしまうのではないのかなあと思ってしまいました。

 

働き始めた当初、私もまさにワリカン独立なるルームシェアを女三人で経験しています。これほどの展開はなく至って穏やかでしたが、女の三人暮らしはとても面白く、シュールであったなあと思います。

三人の生活は密接に関係しているようで、個人個人はとても独立(自立)しています。それが心地良い距離感と思う一方、時たま孤独感に苛まれたり、他の二人の行方が気になったり、まさにこの小説で描かれているような”心もとなさ”を持ち合わせてのワリカン独立でした。

 

旦那さんと知り合って4年。結婚して1年になりますが、そういった意味ではフリーの時に読んでもピンとこなかったのかもしれませんし、恋愛中であればかなり偏った入り方をしてしまったかもしれません。

それはあくまでも想像ですが、このタイミングにはとてもしっくりきたので本当に運が良かったです。

ただ、それぞれのタイミングごとに読んでみて、自身の感じ方がどのように 変わったかを知るのにもとても良い作品かと思うので、まだまだ花盛りの私の友人たちにもおすすめしようと思いました。

 

最後に。

川上弘美さんと糸井さんの対談の中で

川上 いちど田辺先生に
「どれほどさまざまな恋愛を体験してらしたんですか」と
ぶしつけなんですけど訊いたことがあるんです。
そうしたら
「そんなに経験しなくても、ひとつ深い恋愛をすればなんでもわかるのよ」
とおっしゃっっていて、
かっこいいと思いました。

というお話があって、ジーンときました。
本物の説法を聴いた事はありませんが、これも一種の説法だと思いました。

そして話は「恋愛さえなければ、お金さえなければ平和なのに!」というところに行き着くという…笑

対談ってほんとうに面白いです。ひとりではとても想像のつかなかったところまで飛躍して着地する。そう考えると何かの修行じゃない限り、話し相手はいた方が良い。

そして相手を通して自分の感覚が研ぎすまされたり、新たに発見されたりするという。

 

書き始めでは読書感想文にしようという計画が・・・

恋愛や人生に悩んだり、疲れたり、しばし休憩中の方は是非一度、手に取って読み始めてみてはいかがでしょうか。あれよあれよと、田辺聖子ならぬ園村彩子の「すっぽん」わーるどに巻き込まれてしまうこと間違いなしです!

それではこの辺で。

中條 美咲