偶然の、春の贈り物。

” 美咲さんへ

お元気ですか?

贈りたい本が完成したので、お届けします。

ゆっくり楽しんでもらえたら嬉しいです。敬乃 ”

世に出たばかりの1冊の本が、やわらかな春風にのって手元に届いた。

『数学の贈り物』と名付けられたこの本の著書は森田真生さん。1985年生まれで、数学を緒に独立研究者(!)として活動されている。

私自身は、森田さんのことを認知するというほど積極的に存じあげていたわけではなかったけれど、そういえば昨年末のこと。
京都で働く彼女を訪ねた際に、互いの溢れんばかりの近況報告の中で「いま関わっている著書の方がとても面白く、本が完成したらぜひ読んでほしい」というような話があったことを、おぼろげに思いだす。

物語は、「 偶然の贈り物」というタイトルにはじまる。

” 先日、もうすぐ三歳になる息子が、「おとーさん、だれかのおとしものをさがしにいこうよ!」と誘ってきた。あたりはすでに暗いが、僕は彼と夜の数学の道に出た。息子は、さっそく大きな懐中電灯を手に、いかにも何かを探している様子だ。立ち止まり、じっと地面を覗く。何の変哲もない砂利の山を、大事そうに調べる。と、突然、「だれかのおとしもの、みつけた!」と、大きな声で叫んだ。………

 目の前の何気ない事物を、あることもないこともできた偶然として発見するとき、人は驚きとともに「ありがたい」と感じる。「いま(present)」が、あるがままで「贈り物(present)」だと実感するのは、このような瞬間である。 ”

この間のひとつひとつの出会いの偶然にはじまり、新たないのちを感じている”いま”という偶然を、私はたまらなくいとおしく感じた。

偶然の、不思議と驚きという贈り物。

本のタイトルに「数学の〜」とついているけれど、実際に数学に踏み込んだお話は驚くほど少ない。4つの章から成りたつコンパクトなエッセイ形式の本書は、物事がうごめき、はじまろうとしている予感に溢れた「春」という不安げなこの季節にぴったりな一冊だと思う。

頭でっかちに武装するのではなく、ゆるやかな風に解きほぐされるように、流れるように。

いま、目の前に広がる景色の見えかたを少しだけ、変えてくれる。いまという時間に足をとめ、あるがままに感じ入ることを教えてくれる。

普段の、自分まかせの行動では見過ごしてしまったはずの物事が結ばれるとき、偶然の中にひそむ発見と驚きは、かけがえのない贈り物となる。

そうして”現在”は、さまざまな贈り物によって、まだ見ぬ未来へと結ばれていく。

原点回帰の出版社「ミシマ社」