先日(8/5 sun)都内にて、古いから美しいのではなく、美しいから古くいられる 暮らしの中に生きる「からむし布」とは?というテーマをもとに、人生初めてのイベント登壇を行いました。
この間、一緒に走り続けている、灯台もと暮らし編集部と昭和村からむし振興室協力のもと、織姫研修生のお二人、哲学者の鞍田崇さん、テキスタイルデザイナーの須藤玲子さんにご登壇いただき、40名ほどのみなさんにお集まりいただき、無事にイベントを終えることができました。
当日、私は冷静な気持ちで俯瞰することはとうてい叶わなかったのですが・・・昭和村の「からむし布」でしつらえられた空間は、とても涼しげな雰囲気に仕上がりました。
アスファルトに蓄えられた熱風に蒸し返す都会の一所で、物として実感として(さらに「苧引き」と「糸績み」の実演つき)昭和村の暮らしの一端を、ほんのわずかでも感じていただける機会をつくれたことは良かったなぁとふり返ったりしています。
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今年の夏はほんとうに暑くて暑くて。綿を身にまとっているだけで、汗ぐっしょり。
綿は吸湿性には優れるけれど、風を通しにくく、その分乾きにくい。
その点、麻、とりわけ「からむし」は、透けるように風を通して軽いし、熱を逃がしてくれる。
蒸し暑い夏の時期、肌に触れて心地よさを体感したら、昔のひとは夢中になったろう。からむしを素材とする「上布」が一級品として重宝されることも、なるほど!ナットクできる。
もちろん、綿やニット素材がまだなかった時代、麻で凌ぐ東北の冬は、寒かったろう。
【福島県昭和村】目指しているのは、生きるため、食べるために時間を使い、「もの」を生み出す暮らしかた|山内えり子
そんな風に、様々な素材に触れて、素材を生かし、暮らしにとりいれてきた先人の知恵は偉大。そして、たくさんの知恵に触れられる時代であればこそ、季節や環境によって素材を使い分ける工夫ができる余地は、まだまだあるのではないかなと私は思う。
今となっては本州ではほとんど昭和村でしか栽培されていない「からむし」も、この島のいたるところで使われていた植物だから。
トークの合間に須藤さんは、「村のひとが身につけなきゃダメよ」と仰っていた。
素材の作り手である、村のひとたちみんなが纏っている風景、そこにいかなければ出会えない価値は、ますます地域の核となるだろう。
現時点では「チョット大変」と思えることでも・・少しずつ、はじめられたらいい。
【福島県昭和村】だいじなのは、ここでの「いとなみ」が変わらずに巡っていくこと。からむし布のこれからを探りながら。|「渡し舟」渡辺悦子・舟木由貴子
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そんなこんなで、わずか100年。ほんの短いタイムスパンの中で、にんげんは自然をコントロールできる!と何がしか勘違いをして、驚異的なスピードで文明を発展させてきたかもしれないけれど、クーラーがなくちゃ生きていかれない地球ってどうなんだろう。
この前、日本科学未来館で、「循環するものづくり」。将来、稲からプラスチックができるかも!というの展示を見かけておぉ!となった。
縄文もアイヌの文化も掘り起こしたら、そこにはまだまだヒントが眠りつづけているはずで、現在開催中のJOMON展のブームは、体感として感じることを素直に求めている兆しと思う。
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いまもまた、変わり目。確実に、ゆっくりと、確かに移ろっていて。
そうした流れに身を委ねつつ、からむしと暮らし・昭和村のいとなみは、自然のめぐりに即した「心地よさ」と、自然に負荷をかけない「いとなみ」を意識するひとつのきっかけになり得るのだと直観している。
願わくば、そこには何がしか、いまを現すかたちがほしい。
私たちが、この時代に心地よい「暮らし」や「いとなみ」を体現した物や想いのその「かたち」。