めくるめく、『魯山人の料理王国』

今年の誕生日に一冊の本をいただいた。
ページを開かずに年を越すのもどうかと思い、意を決して扉をひらく。

作者は北大路魯山人。本のタイトルは、『魯山人の料理王国』。

うす白色のペーパーにお行儀よく包まれた、濃緑色の布貼りの本。といっても、2011年に新装復刻されたものだそうで、歴史をまとったような重々しさは見当たらない。

箱入りの本というのは、少し緊張する。

かつての本といえば革張りや活版といった意匠を凝らし、仲間うちの彫り師さんに装丁用の版画を手がけてもらったり、好みの布をあてがったりもしたのだろう。
「これでもか」というこだわりを凝縮し、仕上げにグラシンペーパーの衣をまとって箱におさまり、ようやく完成。

そんな風に贅沢を尽くして、一冊の本はつくられていたのだろう。でもそれは、四半世紀もむかしの話。

「もの」としての存在感や意匠は軽めで、表面をなぞらうように乗りこなせればいい。
現代という時代には、本自体むつかしいような気もするし、だから、再熱する可能性も十分に孕んでいるとわたしは思う。

ものとしての「本」。
ここまで「もの」感が出ちゃったから、絶対に「本そのもの」を手にしてみたい。そういう欲求をくすぐるような本づくり。いつか、からむしの布でしてみたいなぁとしばし、夢をいだく…

土から生まれた糸を継ぐ村

話の脱線をもとに戻すと、魯山人に対するわたしのイメージは、偏屈なおじいさん。

いろいろな有名・著名人に難癖をつけて、こき下ろす。その印象が先行していて、わたしが親しみを感じている「民藝」や柳さんたちのことも、けちょんけちょんだったと聞くから、切れ味は鋭いことだろう。

けれどそんな鋭さが、「いいね」の「共感至上主義」にもとづく”いま”には新鮮で痛快さもあって、すいすい読み進めることができる。

魯山人が「料理の道」初心者にむけて書かれたと思われる一節を引用してみたい。

”ーー個性のあるものには、楽しさや尊さや美しさがある。しかも、自分で失敗を何度も重ねてたどりつくところは、型にはまって習ったと同じ場所にたどりつくものだ。そのたどりつくところのものは何か。正しさだ。しかも、個性のあるものの中には、型や、見掛けや、律法だけでなく、おのずからなる、にじみ出た味があり、力があり、美があり、色も匂いもある。いや、習いたければ習うもよい。習ったとて、やはり力を、美を、味をと教えてくれるだろう。気をつけねばならぬことは、レディーメイドの力や美を教え込まれぬことだ。型から始まるのも悪くはないが、自然に型の中に入っていって満足してしまうことが恐ろしい。型を抜けねばならぬ。型を越えねばならぬ。型を卒業したら、すぐ自分の足で歩き始めねばならぬ。同じ型のものが、たくさん出ても日本は幸福にはならぬ。山あり、河あり、谷ありで美しいのだ。しかも、山にも、谷にも、一本の同じ形の木も、同じ寸法の花もない。しかも、その花の一つ一つは、初めは皆同じような種から発芽したのだ。芽を出したが最後、それらのものは、皆それぞれ自分自身で育ってゆく。
習うな、と私が言うことは、型にはまって満足するな、精進を怠るなということだ。
この本を読んだからとて、決して立派になるとは限らない。表面だけ読んで、満足してしまってはなお困る。実行してくれることだ。そしてそれぞれに研究し、成長してくれることだ。読みっぱなしで分かったようなつもりになってくれては困る。
それでは、個性とはどんなものか。
爪のつるにはなすびにはならぬ、ということだ。
自分自身のよさを知らないで、人を羨ましがることも困る。誰にも、よさはあるということ。しかも、それぞれのよさはそれぞれに皆大切だということだ。
牛肉が上等で、大根は安ものだと思ってはいけない。大根が、牛肉になりたいと思ってはいけないように、私たちは、料理の上に値段の高いものがいいのだと思い違いをしないことだ。
すき焼きの後では、誰だって漬物がほしくなり、茶漬けが食べたくなるものだ。料理に、その人の個性というものが表れることも大切であると同時に、その材料のそれぞれの個性を楽しく、美しく生かさねばならないと私は思う。

ー『魯山人の料理王国』「個性」より引用

ここで言われていることは至極真っ当なハナシなのだけど、「山あり、河あり、谷ありで美しいのだ。大根が牛肉になりたいと思ってはいけない。その材料のそれぞれの個性を楽しく生かさねばならない」というのはとてもわかりやすい例えだなぁと。

この島をとりまく豊かな風土は、料理にも文化にも反映されて息づいてきたことをじわじわと感じつつ、楽しく「料理の道」(魯山人好みを極めたさきの道ともいう)なるものの香りを嗅いで感じ入っている次第です。

食べることは生きること。おいしく食べるために周辺の環境を整え、器の衣装も自分でつくり、おいしいものを求めて旅をすることの贅沢さよ・・・

楽しく食べる人生は、豊かなしるし。

 

理(ことわり)を料(はかる)と書いて「料理」と読む。軽々しく料理屋は名乗れないんだという話も目からウロコでした。

短いコラムで構成されているので、とても読みやすい一冊です。
「理」の真髄なるもの、しばしご堪能してみてはいかがでしょうか。