昭和のふゆと、大根と。

冬は「ふゆ(増殖する)」の季節である。

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”初期の日本の市場では、三種類の交換がおこなわれていました。市場は山から霊威ある精霊の化身を迎える「接待(イツ)く」庭と考えられるような特別な場所に設営され、そこには山の神をあらわす装束を身につけた山人が、「山づと(山からの贈り物)」をもって、群行出現したことが知られています。山は、里に暮らす人々にとっては、おそるべき霊威に満ちた領域で、そこに満ち満ちている眼には見えない霊的な存在が、市場にあらわれて山づとのような象徴物を、里人との間で交換するというのです。
また市場は歌垣のおこなわれる場所でもありました。若い男女が近隣や遠方からも性的なパートナーを求めて市場に集まり、そこで歌垣を開いて、気に入った相手を探すのです。そこでうまくいくと、将来の結婚相手がみつかります。結婚は女性を仲立ちにして、集団同士が結びつきをつくることを意味していますから、ここでも市場は社会的な交換を実現する場所だということになるでしょう。(中略)
 日本の事例では、市場はきまって冬の季節に開かれた、と折口信夫は書いています。冬が「ふゆ(増殖する)」の季節であったからです。”

中沢新一著『野生の科学』第5章 トポサイコロジーより

昭和の冬はまさにそう、増殖の”ふゆ”だと合点しました。

福島県奥会津昭和村。
人口1375人(昭和27年3月1日時点)。男性75歳〜84歳、女性80歳〜84歳がいちばん多い年齢層。ちなみに12歳以下の子供はおおよそ70人。
からむしとカスミソウの栽培を特色とする、THEにっぽんの故郷!…と呼べるような村里です。

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わたしが昭和村を訪ねるのはこの冬が二度目。

通年であれば、3Mの豪雪地帯。どこに行って、だれとことばを交わしても、「今年の積雪は普段の半分以下。なにかがおかしいよねぇ。」「水不足になることはまちがいない。」そうしたやりとりが、会話の端々に往来します。

昭和のくらしは冬のあいだに降り積もった、雪の恵みによって成り立っています。
夕暮れ近く。音もせず、しんしんと降積もるそれは美しさを超えた、畏怖の存在です。

家に灯った橙のあかりと、湯気の沸き立つ火の匂いによって、五感が解放されていく様は喜びに満ち満ちたものでした。

土地の恵みや山の幸で埋め尽くされたキヌイさんご自慢の食卓も、

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丁寧に仕込まれ、豪快に吊り下げられた凍み大根や凍み餅のふゆ景色も、

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ゴゴゴゴゴーと地響きとともに、どすんと屋根から落ちる雪の音。
ひとつひとつが、いちばんシンプルで手の込んだ営みであり、循環なのだと思いました。

 

御年91歳。春にはツバメを迎え入れ、冬には餅どろぼうのネズミと真剣勝負。こうして糸を績み、俳句をよむカヨコさんの手と、

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恋人のように愛せる仕事を手にした、かつての織姫。そんなおかあさんの姿を真似て糸績みをはじめた、こはちゃんの手と。

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ふたりの手をなまなましく映し出した、オルタナティブな選択に揺らぐ年男のカッちゃんと・・・

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ふしぎな輪をなし、増殖していく。
昭和は現代の市場的「ふゆ」を生む場所。

そんなつながりをみた二度目の昭和でもありました。

昭和にとって象徴的な「織姫」の存在と、
市場という社会的な交換の場において、結びつきの要となる”女性性”。

本の続きに書かれていた現代経済学者、ハイエクという人のいう、
市場でおこなわれる”交換”を意味する古代ギリシャ語の言葉に含まれた「コミュニティに入ること」「敵から味方に変わること」という指摘が、なんだかとってもしっくり気になる今日この頃です。

 

 

福島県 昭和村 のHPです。

昭和村のからむし栽培と織姫を取材した際の記事も合わせて。

福島県の昭和村に脈々と続く、自然布からむし(苧麻)との出会い
昔ながらの伝統を守りたい!からむし織体験生(織姫・彦星制度)とは
シルクを超える繊維? 福島県昭和村のからむし作りの流れ
訪れるとキレイになれる?昭和村で「からむし織り」を営み、すはだで暮らす女性のヒミツ

3月には馬喰町の編ム庫さんで、渡し舟のワークショップも行われます。
渡し舟「原材料の栽培からはじまる布づくり」

もう定員に達している回もあるようですが、ご興味のある方は是非。