カテゴリー別アーカイブ: 本のこと

平凡への帰りみち。

有名になってからでは生まれ得ないものがここにはいくつも存在していて、

誰かの目に気づかないことでそこからは絶えず新たに生み出されていて、

時折よいものが生まれた時があったならそれがただただ嬉しいばかり。

隣には一緒に喜べる人がひとり、いればいい。

それ以上でも以下でもなくて。

同じように繰り返す。食べて・寝て・生みだす日々を。

 

民藝のインティマシーを途中まで読んでいて、”「平凡」の難しさ ”という節にぶつかった。

柳宗悦さんが、国宝茶碗『喜左衛門井戸』を見たときの感嘆入り混じった喜びの表現のなか多用される「平凡」という言葉がキーワードになってくる。 続きを読む

はかなく、女々しき感受性。

批評の価値はどこにどの程度あるか。そんなことは考えるまでもなく、世の中には批評や批判が溢れている。

小林秀雄さんの本を読んでいると、どれほど広い視野で、かといって常々高い所から、全体を見渡すばかりの客観的な姿勢に偏らず、どこまでも冷静な主観的意思を持って、真っ正面から踏み込んでいて、物事の真意やそこに込められた意図するところを汲み取りながら、真の理解を深めようとしている様子が伝わってきて・・・
わたしはただひたすらに脱帽し、膝を折り、地面にへたり込んで仰ぎ見るようにしながら彼の言葉を少しでも多く、この身体に染み込ませたい!ととても強く望むのだった。

大袈裟かもしれないけれど。こんな人がかつて世の中に存在したと思うだけで、当時を共にした多くの(敏感な)発信者や表現者たちは、身を引き締め、背筋を整え、心してその仕事(生き様)に取り組んでいけたのではないか。適度な緊張感もありながら、どこか安心感もある。そうしてその結果、とても真摯な担い手が生まれてくることに少なからずつながってきた。

そんな想像を繰り広げながら、1974年に発刊された「考えるヒント」を読み進めていった。

タイトルにもあるように、「考える」ということについて、あらゆるポイントから筆者はこちら側にその可能性を投げかけてくれる。 続きを読む

これから家族になっていく

わたしには現在、ふたつの家族がいる。

ひとつは成人するまで育ててくれたわたし自身を含んだ家族。
ふたつ目はわたしが結婚した相手の家族。

いままでひとつだけだった家族が、結婚を機にふたつに増えた。そしていずれは3つめの家族を、今度は自分たちで作っていくのだろうと思っている。

それは3つめでもあり、1つめと2つめの結びつき、延長でもある。
結婚したことで夫婦にはなったけれど、ふたりではまだ家族未満。家族はじぶんたちの力で少しずつ少しづつ、”成っていく” ものなのだと知った。

意識しなくても自然と家族になれてしまう人が大勢いる中で、わたしは「家族になる」ということを必要以上に考えてしまう。
そんな不器用というのか要領の悪い存在だからこそ、家族になる前段階の今からじっくり、家族について考えてみたかった。

読みたくて迷っていて、やっぱり読もうと購入をした雑誌、「考える人」。

表紙の写真があまりにも言い得て妙。
そして気になるテーマはずばり「家族ってなんだ?続きを読む

ウォールデン・チミケップ、湖の記憶

北海道の網走郡津別町にチミケップ湖という名の湖がある。アイヌ語で「崖を破って水が流れるところ」という意味を持つらしい。

北海道特有の、広くてどこまでも続いている幹線道路から舗装のされていないでこぼこ一本道に入り込み、ひたすら進む。カーナビも途中から居場所がわからなくなったように、その周辺をグルグル惑いはじめ少しずつ不安になる。

周囲からどれくらい森の奥へ入り込んでいったのだろう。
ようやく木々の間から西日が差し込み、湖の気配が感じ取れた時には心底ほっとして、安心感に包まれたのをよく覚えている。

その湖畔には、一軒の小さなホテルが佇んでいる。

湖の名前にちなんでだろう。その名もまた「チミケップホテル」。とても愛らしくて、一度聞いたら記憶のどこかに留めてしまいそうな、暗示的な響きの名前だ。

 

3年程前。雑誌で見つけたその存在がとても気になり、北海道を旅行した際、日程を無理やり調節してそのホテルに宿泊した。
たった一泊の滞在ではあったけれど、その時の記憶は不思議と時間の流れを忘れたように時折ぽわんと顔を出す。

そうして今回お正月休みを利用して手をつけた一冊の本を読みながら、わたしはまたチミケップ湖を取り巻くあの森のことを考えている。

森の生活  WALDEN, OR LIFE IN THE WOODS」著:ヘンリー・D・ソロー


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もう一度、会いたくなるひと。

メリークリスマス。

もうクリスマスの朝を楽しみにする年頃ではないけれど、子ども達の枕元にはたくさんの小包が届いただろうか。

そんなことを思う、12月25日。

 

今年を振り返ってのなにかしらを、きちんと記そうとすればするほどうまくまとまらず、書きかけの「  」はたまっていくばかり。

しかたがないのでお手紙かいた、さっきの手紙のご用事なあに?。。

今年は人をはじめ、本や場所や考え方。小さいけれど大きな出会いをいくつか経験した。いままでもそういったことは経験していたかもしれないけれど、このブログのおかげもあってより自覚のある一年だった。

そんな中、表題について書きたくなった。 続きを読む

イザナキとイザナミ

『古事記』に登場する、イザナキとイザナミという男と女の神さま。

イザナキとイザナミは、セックスへの ”誘い” 。とってもストレートな神さまの名前。

” イザナキとイザナミはその島に降り立って、まずは天の柱を立て、幅が両手を伸ばした八倍もあるような大きな神殿を建てた。そこでイザナキがイザナミに向かっていうには「君の身体はどんな風にして生まれたんだい?」と問うた。イザナミは「わたしの身体はむくむくと生まれたけれど、でも足りないところがあるの」と答えた。それを聞いてイザナキが言うには「おれの身体もむくむくと生まれ、生まれすぎて余ったところが一カ所ある。君の足りないところにおれの余ったところを差し込んでクニを生むというのはどうだろう…… ”

こんな風にして、イザナキとイザナミが数回の失敗を経て、性交をして生んだのが今、日本各地に散らばる”クニ”ということだそう。
ちなみに出会い頭で大切なのは、決して女から声を発してはいけないということ。はじめは男から声をかけるのが成功の秘訣だとか。 続きを読む

おいしいものが、たべたいな。

昨日の 帰り道、吐く息がほんのわずかに白くなりました。
10月も11月もいそいそと日付は変わっていき、もうすぐそこに12月が出番を控えて待機しています。

12月に突入したらさいご、あとは師走のごとくまっしぐら。

どうしてこうして、年末年始は毎年のように気持ちが追い立てられるのでしょうか。もしかしたら追い立てられる気分になることが師走の醍醐味かもしれません・・・。

 

ということで、おいしいものと、食べることについて。

この前書店で立ち読みした谷川俊太郎さんがお話をつけた『しんでくれた』という絵本。
そこに書かれた内容があんまりにも直球で、これを子どもたちが読むことを想像すると、なんだかとってもセンセーショナルでした。 続きを読む

彼女たちは思想を手にしようとしている

・・・かもしれないというお話。

最近新たに刊行されている雑誌のいくつかを眺めていて、先日読んだ加藤周一さんの本で書かれていた内容と相まって、そんな妄想がじわじわと広がり始めた。

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加藤周一さんの著書『文学とは何か』。

タイトル通りの” 文学 ”について。もう少し深く、その全体像に触れてみたいと思って本書を手に取ってみたのだけど、大いに甘かった。略して大甘。 続きを読む

身体がことばを超えていく

いつから身体よりことばを優先して暮らすことがあたり前になっただろう。

もっというと、身体を置き去りにして。頭とことば、ばかりでずんずん進んできた。

 

大人になるってそういうことだとばかり。信じ込んでいた。
頭とことばを一端に使いこなし、色鮮やかで美しい欠片を手のひらに広げてはうっとりとして。 続きを読む

「知ろうとすること。」不安が少しずつ減っていくこと。

台風が去っていきました。

そうして、足もとにはたくさんの落とし物が・・・!
いろんなところで、少しずつ、秋色を発見する今日このごろです。

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糸井さんと、早野龍五さんの「知ろうとすること。」を読み終わりました。
とても大事なことを(今更ながら)教えてもらえたので、そんなことを少し書いてみようかと。。 続きを読む

借りものから生まれる。(『日本語の遺伝子』について)

ひとつの借りもの・前提として。

わたしは ことば の世界がすきだ

そこに浸かりきっていると とてもここちがよくて 穏やかな気持ちになる

と同時に ことば はからっぽの箱のようなものだ

ことば 自体に意味なんてない

そんなこと、ずーっと昔の人も気づいてる

からっぽの 意味のない ことば を大切にする

愛おしくおもう そこには何かしら意味があると思い込む

ことば に意味は・・・ない。

ことば は武器だ ことば は術だ

 

ことば は・・・・

 

ことば はどこだ
わたしが 出会いたい ことば は

 

少し前。8月の終わりころ、ノートに記した「ことば」の一部。 続きを読む

両義的思考の豊かさと危うさ

中沢新一さんの著書、「緑の資本論」を読んだ。資本論に興味は少ないが、「緑の」というところに興味を持った。

   序文        7
圧倒的な非対称     13
緑の資本論       37
シュトックハウゼン事件 129

モノとの同盟      145

 

理解力が乏しいせいか、前半は少し難しい印象を受けた。読み進めていく中で「シュトックハウゼン事件 — 安全球体に包み込まれた芸術の試練」という章が結構な衝撃として印象に残った。かなり長くなるけれど(本当に!)、本文の内容を引用して残したいと思う。 続きを読む

おもしろい文体。分からないの先へ

生まれて初めて橋本治さんの本を読んだ。「その未来はどうなの?」という新書。

2年くらい前に内田樹さんの「街場の文体論」という本を読んだ。その 第1講 言語にとっての愛とはなにか? の中で、「説明する力」の高い三人の作家として村上春樹、三島由紀夫、橋本治と挙げられて、橋本さんについて内田さんの説明そのものが愛情たっぷりで、とても力を入れて橋本治という人を推しているのが印象に残っていたから。

(ちなみにこの本の出版時期に、内田さん・平川克美さん・小田嶋隆さんの鼎談を訊きに行き、鼎談後、内田さんから直々にサインを入れてもらったという特別感がある。政権はかつての民主党時代。誰が政権を握ったら危険な方向に向かって行くか。なんてことがひょうひょうと語られていて、ある意味でわたし自身が世の中をうがった目で覗き込むようになるきっかけ、風穴を開けられる体験だった。)

 

というのが敢えて ”生まれて初めて” とつけたかった理由。どうでもいいようなことだけれど、結構大事にしていること。 続きを読む

「ヒトに問う」を読んで

また大きな大きな自然災害が[広島県]で発生した。

”また” というのはとても失礼で無神経な気もする。けれどこれだけ頻発する自然災害を思うと ”また” という表現の方が素直な感覚のように思う。

「異常気象」「ゲリラ豪雨」「局地的」「観測史上最大」「未曾有」「想定外」・・・・・

東日本大震災を皮切りに、それ以前からも毎年耳にするこのような言葉たち。

九州・中国地方ではあれ程の大雨が続いていたのに、関東は真夏のように晴れ渡り、蝉が鳴き、ジリジリとした湿り気のある暑さが続いている。

「同じ空の下」とは耳にするけれど、ほんとうに同じ空の下の出来事なんだと思うのには随分感覚を研ぎ澄まさなければならない。。
「同じ空の下」であり「地続き」の地で起きてしまった自然災害を思う。

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