カテゴリー別アーカイブ: 映画のこと

食べるの”闘い”と、生きるという仕方。

降って降って降り続いた雨が上がると、
忘れたつもりで箪笥の奥にしまいこんだ残りの暑さを思い出す。

あぁ、まだ暑くなるのね。つい先日のはずの夏が、やけになつかしく感じます。

気分はすっかり秋なので、おすそ分けしてもらった栗を剥いて栗ごはんをつくりました。

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実家の畑でとれた栗。 続きを読む

『寂しさの力』と『わが母の記』から考える、これまでとこれからと。

しばらく前のこと。荻上チキさんのsession22で中森明夫さんという方をゲストに招き、著書「寂しさの力」についてお話しされていた。

その日はあいにくのお天気で、電車から眺めるランドマーク群は霧雨に霞み、ポッドキャストを聴き終わった後で、映画「おもひでぽろぽろ」の主題歌「愛は花・君はその種子」を聴きながら歩いて帰宅していたら、不思議にも浄化されていくように、泣けて泣けて仕方がなかった。

それからしばらく「寂しさ」の正体について自分でも深めてみたいと思いながらも、なかなかそうできずに、物語調にしてみたりしながら通り過ぎていたのだけれど、今度はcakesで誰もが持つ「さみしさ」の正体として同様の内容が取り上げられており、もう一度それについて考えてみたくなった。 続きを読む

かぐや姫、求められることの悲しさ。

先日、劇場公開ぶりにテレビで公開された「かぐや姫の物語」を中盤から見はじめて、終盤に向かうにつれて悲しくてたまらない気持ちになった。

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劇場では2回見て、それからしばらく時間が経っていたわけなのだけど、以前とはまったく違う気持ちで見ている自分がそこにはいて、それがなんなのか観ていく中で考えていた。

かぐや姫の気持ちに共感しているとか、感情移入しているとも少し違う。それなのにどうしてこんなに悲しくなるのか不思議な気持ちだった。 続きを読む

浄化作用の効能

谷川俊太郎さんを取り上げたドキュメンタリー映画、「谷川さん、をひとつ作ってください。」を観た。

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画像引用:公式HP

昨年末。渋谷まで向かったものの電車の遅延で見逃して、今回横浜・伊勢佐木町にある映画館、ジャック&ベティに始めて訪れることになった。 続きを読む

ミッドナイト・イン・パリ(それでもパリに恋をして)

みなとみらいの映画館、109シネマズMM横浜の閉館が今週末に差し迫っている。

閉館に伴って過去10年間に放映された作品のリバイバル上映が行なわれているのでひょいひょいと自転車を走らせて、行ってみた。

スタッフさんおすすめの16作品はどれもワンコイン(500円)で観賞できる。一日一回のみの上映で最終日の25日まで時間を入れ替えて開催されているようなので気になる作品がある方は散歩がてらに少しだけ、横浜まで足をのばしてみても良いかもしれない。

チョコレートドーナツ』と『ミッドナイト・イン・パリ』どちらにしようか迷ってなんとなくの直感で後者にした。

今回は芸術のパリ・愛 −amour –のパリの魅力をその世界に入りきったつもりになって、綴ってみたいと思う。 続きを読む

すべては商品に成り代わって

” 商品 ”という概念が生まれたのは、遡るといつ頃のことだろう。

ウィキペディアには「商品とは経済活動において生産・流通・交換される物財のことである。」と書かれていた。

経済活動の為につくられたり・人と人の間をつないだり・交換されるすべての物、又はサービス。

それまでは自然の中で周辺の人たちで分け合っていた自然界の多くのもの、あらたに生み出され続けるあらゆるものが商品として世の中を循環している。

今の暮らしに欠かせない” 経済 ” 。どこまでが妥当で、何処からが過剰なのか。だんだんだんだんわからなくなっていく。

これくらいが妥当だよね。最低でもこのくらい。
基準はそれこそ千差万別。

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・・・彼はかつて「持てるものは持たざる者に与える義務がある。」といった。

持てる者と持たざる者の差はじんわりじんわり開いていく。 続きを読む

映画「2つ目の窓」

見終わってすぐに、ことばにする。していいものか。
わからない。

 

・・・沈黙。

言葉を頼りにせずに、つたわる方法はないかと考える。別に伝わらなくてもいいのんか。きもちをほどいて理路整然とせずに、なにかを紡ぎたいと思う。(例えば 記憶 や 記録 。)

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「2つ目の窓」公式サイトより 続きを読む

まだ、戦争には間に合いますかー 長岡花火との出会い(後編)

終戦記念日の今日に。わたしの古里で、先日の続きを書こうと思う。
参照:まだ、戦争には間に合いますかー(前編)

 

無事に駐車を終えて…
今回は花火をみることが目的だったのでせっかく新潟まで来たけれど、他を観光することなく昼過ぎから炎天下の中河原の行列に並んだ。

こんな風に花火大会で昼間から並ぶのは初めてのこと。人の多さも含め暑さに朦朧としつつ開場を待った。 続きを読む

まだ、戦争には間に合いますか ー長岡花火との出会い(前編)

この夏、わたしの目の前で大きな大きな光と音が花、開いた。

目の前の景色、全てを埋め尽くすおびただしい量の花火。あまりにも美しく、そこに込められた底知れぬ想いの強さに圧倒されて、後から後から止めどなく涙が溢れた。

わたしにとって「長岡花火」との出会いは、思いがけない2本の「映画」との出会い。でもあり、彼らの中で消えることのない「戦争」との出会い・・・となった。

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どうして長岡花火に行きたいと思ったのか、はっきりとは覚えていない。

どこかで聞いたのか、何かに反応したのか、長岡花火は別格の花火だと見たこともないのに、勝手に思い込んでいた。いつか見てみたいと思っていた。 続きを読む

『思い出のマーニー』へ。立ち位置が定まらないわたし

先日公開2日目のレイトショーにて、『思い出のマーニー』を観てきました。

それから数日のあいだ。この作品についてあれこれと考えを巡らせているのですが、一向に立ち位置が定まらずにどうしたらいいのか置き去りにされた状態が続いています。

記録・過程として。そのような宙ぶらりんの「いま」を少しばかり主観と客観を混ぜこぜにして、書き残してみようかと思います。

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劇場版本予告映像

”「輪には内側と外側があって、私は外側の人間。」「私は、私が嫌い。」”・・・ 続きを読む

「もののけ姫」が(わたしに)与えた呪縛

1997年の夏に宮崎駿監督作品「もののけ姫」が公開され、かれこれ17年。
当時8才の少女だったわたしも同じように年を経て、今年(2014年)で25歳になった。

金曜ロードSHOW!で「夏はジブリ!」と題して昨晩「もののけ姫」が放映された。きっとご覧になった方も多いことだろう。

タイトルにも書いた通り、大袈裟ではなく・・・自分にとってこの作品は一種の”呪縛”に近い程、当時8才だったわたしに与えた影響は大きく、そこがひとつの要となって今の自分がいる。と思っている。 続きを読む