” 美咲さんへ
お元気ですか?
贈りたい本が完成したので、お届けします。
ゆっくり楽しんでもらえたら嬉しいです。敬乃 ”
世に出たばかりの1冊の本が、やわらかな春風にのって手元に届いた。

先日(8/5 sun)都内にて、古いから美しいのではなく、美しいから古くいられる 暮らしの中に生きる「からむし布」とは?というテーマをもとに、人生初めてのイベント登壇を行いました。
この間、一緒に走り続けている、灯台もと暮らし編集部と昭和村からむし振興室協力のもと、織姫研修生のお二人、哲学者の鞍田崇さん、テキスタイルデザイナーの須藤玲子さんにご登壇いただき、40名ほどのみなさんにお集まりいただき、無事にイベントを終えることができました。 続きを読む
ツイッターを覗かなかったら、
気がつかないまま何事もなくすぎていったであろう一日のおわりに、
ひとつの死に触れた。
正確にいうと、触れたのではなく「目にした」ことになる。
糸井さんの愛犬、ブイヨン先生が亡くなったのだそう。
そこまでの「ほぼ日」愛好家でも、大の愛犬家でもないわたしが、どうしてこんな風に立ち止まってPCに向かっているのか、不思議な気もする一方で、ふと思ったことがある。 続きを読む
”死に支度 致せ致せと 桜かな” ー 小林一茶
桜が散っていく様をみて、小林一茶はこんな歌を残したそう。
雨続きの週末が過ぎ、ようやくの晴れ間。
お日さまの光があたたかくってまぶしくて、春の盛りはいい香り。 続きを読む
気がつくと朝、お布団から出るまでにたくさんの時間を要する季節になりました。
すっかり冬、きょうは立冬です。
習慣というところからあまりにも遠ざかってしまったブログの更新ではありますが、
個人的な日々の記録は、9月の頭から細々再開したりもしているのです。 続きを読む
止まらない季節にふと足を止め、空を見上げる春。
都会も田舎も、いたるところ景色は桃色さくら色。
ぴちぱちと弾け、いきおいを放つ若葉群は青々と茂り、
活動のしらせに鳥どりは持ち前の歌声にみがきをかける。 ・・・
過ぎ去っていくものはいつの時代もこころ儚くし、
はじめは嬉々として空ばかり見上げていた人々も、
いずれは我を思い出し、足早に歩み出す。
そこで起きたすべては大きな舞台、演目のひとつ。
わたしたちが信じて止まない架空の”日常”はより一層、それがもつ”日常さ”に拍車をかけるのです。 続きを読む
途切れ途切れ、夢をみた。
とても長いようにも感じるし、短くて切れ切れの断片のようでもある。
夢のなかではいつも、「わたし」という意識は存在するけれど、意識以外の実体を捉えることはむずかしい。
現実でも付き合いのある馴染みの人たちの姿は、視覚的に捉えることができる。
それなのに、「わたし」の実体はそこには存在しない。
存在する意識と、実体のない「わたし」。
だから夢は、映画を見ているような、ものがたりの世界に入り込んでしまったような、
現実を離れた感覚でそこにある。
*
桜の花がもつ香りは、人を憂鬱なきもちにさせてしまうことがあるらしいと話に聞いた。 続きを読む
屏風のように正面にそびえる山並みの向こうに暮れていく日と、
ほのかに醸された夕暮れのあかもいよいよ引いていく。
場所から場所への移動と、この間(一連のここまでの流れのなか)に感じた気持ちや思いを自由に行き来させる行為は、少しだけ似ている。
2015年の幕引きと、2016年の幕開けという境。
グレゴリオだけど、人々のきもちは嬉々として空中をたゆたうばかり。 続きを読む
すこーん!と突き抜けるように清々しい朝。
もう何日か経つと、冬至ということで、お日さまの光がてっぺんまで弱まっていく、フィナーレの数日間ですね。
弱まって転ずる。そんな佳境の”いま、ここ”です。
ぬくぬく。かぼちゃ団子。。
ひたすら動き続けるなかで、芽生えたひらめきもすぐに掬いあげることなく、泳がせたまま流れに委ねる日々は、一層ふしぎな感覚でながれてゆきます。 続きを読む
まさか、まさか。
まさかり担いだ金太郎。
うーんと空いてしまいました。うっかりすっかり。
この間たんに、
畑を耕すじかんをおろそかに、していたわけではないけれど・・・
じーっと沈殿させるように、
きもちを落ち着かせることはなく、
季節は立冬を迎え、旧暦では神無月入り。
風が冷たくなりました。
満月のときは過ぎました。
わたしは「スーパームーン」という言い方が好きではありません。
だったら「超満月」でもいいのでは?・・・個人的には推奨したい。
そんなことを思いつつ、グレゴリオ暦の9月は今日で幕を閉じます。
和暦の今日は葉月の十八日。
愛用中の『和暦日々是好日』という手帳には明恵上人の「あかあかや月」の詩と、”白秋”についての記述があります。
ー白秋ー
陰陽五行では秋は白を司る。
白は「死と再生」を象徴し、生々流転、命の循環を伝える秋の色。
神前で着る麻衣、喪服もかつては白一色であった。
白は無色透明な色、または光そのものをさす。
すべての命は光から生まれ、光に還る。
色はその中に生まれる変化、喜怒哀楽の色。ー「和暦日々是好日」より
時と秋はイコールで結ばれている。
秋といえば、時だし、時といえば、秋なのだそうな。
こちら側やあちら側。
そこかしこでリリリリリリ、ジジジジジジジ、リンリンリンリンリン、チチチチチチチ・・・・・・・・・と織りなす虫虫の声は、
目にはさやかにみえねども・・・
どうしたってもうすでに、はっきりとした「秋」をおもわずにはいられない。 続きを読む