カテゴリー別アーカイブ: 暮らしのかたち

昭和村スタンダードを探る。

重たい瞼をこすりながら、現地リポート!・・・

ではありませんけれど。。
あまりにもたくさんの洗礼を浴びた今、ことばに残しておけること(が少しでもあるとしたならば)をさらりと、一旦頭を整理するように、走り書き的に残しておこうかなと思います。

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わたしは今、福島県奥会津地方に位置する昭和村という、小さなようで以外と大きな、由緒正しき(それこそ使い古されたことばのひとつ)” 原風景 ”が今も生き生きと、人々の暮らしと調和した村を訪れています。 続きを読む

自分の感受性くらい…

茨城のり子の有名な詩の一片は、タイトルの通り。

まん丸に追いかけてくるトンコロピーなお月さまや、今にも真っ赤に染まって溶けてしまいそうな夏の日の夕焼け、むせるように肌にまとわりつく湿気を含んだ空気とか、足元に痒みと共に記された幾つかの赤い斑点。

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同じ木は木でも、色も違えば質感も違い、成長の速度、風や光の好み、わしゃわしゃだったりすっきりだったりしゃきーんだったり・・・

そうしたあらゆる自然の要素に、背中を後押しされるように、づんづん・ずんずん。 続きを読む

よく歩き、よく生きる

あっという間に7月も残すところ二日となりました。
月日の流れがこれほど早く感じたことは初めてです。
初めてと同時に、今後はますます、こうした回転は早まって感じられるようになるのでしょうか。

年を重ねなければ、気づけないことはこれからまだまだたくさん有りそうです。

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今日はよく歩くことと、よく生きることについて。

みなさんは「歩く」時に、なにを考えていますか?
何かを考えながら、音楽を聴きながら、特になにも考えずに、なんとなく…

そこには、単には括れないいくつもの「歩き方」があるということを、ジリジリと暑い灰色の道を、とつとつと歩きながら漠然と考えました。 続きを読む

最近考えていること。

あまり気負いをせずに、自分だけで追求しようとせずに、少しだけ肩の力を抜いた文章。
日々、急勾配するのではなく、その場の空気感、言い換えてみると『エッセイ的な気楽な試み』を意識して、できれば毎日週5日、書いてみる方式に慣れていこうかと検討中。

文章自体、あまり長くならない程度に。せいぜい1200字くらいにまとまるように。そして「自分」の存在を限りなく透明にして。続くかな・どうかな。新しいこころみです。

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しばらく前から「 紡ぎ人 (つむぎびと)」というキーワードが頭のなかをねりねりしている。 続きを読む

世界の隅っこでひそやかに。

BLOGOSに宮崎駿監督の会見内容の全文が掲載されていました。
とても貴重なやりとりがされている内容です。

そして監督が、「どんなことでも構いませんので、おっしゃってください。みなさんが疲れ果てるまでやります」と会見の時間をまるごと質疑応答に充てたということの意味深さ。

忘れないように、このブログにも内容を抜粋しつつ書き留めておこうと思います。

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女性性バクハツの時代。〜水と月で取り戻す、これからのバランス感覚〜

久しぶりに、女性性について思い込み全開で、書いてみたいと思います。

きっかけは、YUKIの新曲PV。
シシヤマザキさんとのコラボレーション作品『好きってなんだろう・・・涙』のPVがまるっきり、ふんだんに、女性性 ”バクハツ” の内容となっており、嬉々と興奮したことから。

女性性について、実は半年ほど前に一度だけ触れたことがある。
そこでは、コーヒーと本を片手に、「彼女たちは思想を手にしようとしている」という内容で、哲学を求め始めた女性たちは、一体どんな未開の力を秘めていて、これからどうなっていくのか、その成長を見守っていきたいと書いた。(その姿のどこかに、自分自身の願望を重ねていることは承知の介。)その時、ブログの最後で、わたしはこんな風に記している。

「その火種は巨大に成長したり、爆発したりしない。ゆっくりじっくり。奥までじわじわと。食べて生きて産み育てる為の火種。そういう類いであってほしい。」

2014年11月24日 彼女たちは思想を手にしようとしている|紡ぎ、継ぐ

 

そう書いておきながら、今回は「バクハツ」と記すことにした。・・・そう、「爆発」。そこにはとても熱いエネルギーが充満している。まるで各地でふつふつと活発化して、今にも溶け出してしまいそうなマグマのように。

女性性は今年に入り、急速に成長し、解き放れ、止めどなく流れ出しているように感じる。(ずいぶん都合のいい勝手な思い込みの視点かもしれないけれど。)
そんな風にして、近年、周りの女性たちは、それこそ自分の手で、今まで歪み続け、そのまま進んできてしまっていたあらゆる「バランス・調和」を、元に戻そうと動き始めた。(という仮説) 続きを読む

島でうまれ、島でそだち、島を出て、島に帰る。

瀬戸内の小さな島・豊島。

その日は朝からザーザーと、強い雨が打ち付けていた。

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前日に泊まった民宿は、築80年の古民家。古民家と聞くと聞こえはいいけれど、それは掃除や手入れ、あらゆる目線が行き届いて管理されている場合であって、島の古民家はなかなか濃ゆい。

ふだんから鍵をかける習慣はないようで、至る所の窓や網戸の隙間から、多くの蚊や蜘蛛、虫たちの侵入があることはどうしたって仕方がない。人間以上に、人間以外の生き物たちの息遣いがそこかしこから感じられる、豊島は緑深いそうした島だから。 続きを読む

瀬戸内のきわ、豊島の景色

月曜日、朝から雨が続いています。

最近、和歌のリズムに心をほだされて、あのようにほろほろと心地よいリズムを思いのままに口遊めたら、さぞ気持ちがよいだろうなぁと憧れは募ります。

はるかなる岩のはざまに独り居て人目思はで物思はばや 西行

いにしへをしのぶとなしにふる里の夕べの雨ににほう橘 源実朝

 

とても直感的で、波にゆらめくようなリズム感があって、いつの間にか消えていくなかにある移ろいだったり。
日本人の美的感覚って、常に揺らめく時のなか、付かず離れず、凡ゆるもののあわいに身を委ねて夢現つ、みたいなところにあるのかしらと思えたり。

小豆島に引き続き、豊島の景色。
何もない島だけど、とても好きな島。 

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感覚的で直感的。やさしい陰陽とこよみの話

風邪が治りかけるとき、黄色く固まったどろどろとしたものが、体の中からたくさん出てきたりして。今、体の中から出ようとしているどろどろしたものたちはなにかの死闘を終えた、戦いの痕跡なのか、半年前からたまり続けたいらないものの塊なのか、一体なんなんだろう。なんて、とりとめもなく考えた。

春の鼻水のように、流れっぱなしで終わりがないというのはとても苦痛で、夏。片っぽの鼻は完全に詰まって喉にも何ものかが潜伏していて、呼吸がうまくできないのもこれはこれで苦しい。

体の中で起きている出来事、声にはならないけれど、こんなにもアピールされてしまっては、労らなくちゃと思うばかり。。

ほんとうは先週末のこと、瀬戸内・四国を巡った足跡を記したいなぁと思いつつ、こんな風に体の中で起こっている出来事について書き始めてしまったので、昨日参加した、『暦の話』について書いていこうと思う。ここでの記し方は行ったり来たり。印象に残った言葉をとつとつと置いていく。

東京の世田谷区、閑静な住宅街(わたしにはとても縁がないところ)の一角に、Jikonkaさんというギャラリーがある。とてもすてきな場所で、わたしはこの場所に密かなシンパシーを感じている。 続きを読む

地方再生とアートのつながり

夏のイベントを調べる機会にさしあたり、いろいろと調べていると、気になるイベントに出くわした。

人口15人、わずか8世帯で秋田県内で最も人口が少なく、高齢化・過疎化・空洞化の進んでいる上小阿仁村(かみこあにむら)八木沢地区を舞台に今年4回目を迎えるイベントらしい。

秋田県のがんばる農山漁村集落応援サイト

KAMIKOANI プロジェクト秋田2015「ただ、ここに、在り続けたい。」

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画像:KAMIKOANIプロジェクト秋田

どうして気になったかといえば、「ただ、ここに、在り続けたい。」というメッセージが、あまりに切実すぎると感じたからかもしれない。 続きを読む

手から手へ。

とてもあたたかな場所を訪ねた。

どっしりとした風格にやわらかな安定感。

いかにもといった主張を感じることもなく、腰を下せば

ただただ穏やかにくつろげる。

 

安心と安定と、しずかな味わいのある、とてもあたたかな場所だった。

 

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民藝と、エネルギーからつながるユートピア

すばらしい一冊の本に出会ったとき、その本はいつ書かれたものであるとか、著者の生まれた西暦から今現在を逆算し、生きていれば何歳。であるとか、何百年も遡った時代から、すでにこんなことが考えられ、憂い、変化させようと行動にあたる人たちがいたんだ。ということに直面し、気づかされ時、どうしようもなく多くの感情がうごめきだしたりする。

最近いろいろな方面から、生き方・働き方・暮らし方・住まい方、大きな資本や産業革命が押し寄せてくる以前の各地域に根付いていた人々の暮らしの在り方について、興味を喚起される機会が多く、それにまつわる本を開いてみたり、話をきいたりしているのだけれど、その中で、とくに掘り下げてみたいと感じたひとつが『民藝』という切り口だったりもして。。
知識がないなりに自分で考え、それについて書かれたものを読んだり、触れたりしていく中で感じることは、『民藝』の「民」に当てられた「民衆」という価値観が今ではほとんどその当時使われていたのと同じようにはイメージできないということ。 続きを読む

「金継ぎとつなぎ場とBUKATSUDO」トークを聴いて。

先日、横浜「街のシェアスペース BUKATSUDO」で行われた ナカムラクニオさんと、内沼晋太郎さんのトークに参加して。そこで話された内容と、そこから感じたことをまとめていきます。

前回参照:BUKATSUDOの文化祭。勝手に潜入レポートの巻。

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BUKATSUDOのつなぎ場の一部。

はじめにナカムラクニオさんについてですが、わたしが一番はじめにナカムラさんの存在を知ったのは、屋久島ナイトの行われた2011年か12年ごろだったと思います。その頃はまだ、6次元という場所がどういう場所であるのか、ナカムラさんがどんな活躍をされているのか知ることもなく、以前屋久島でガイドを担当していただいた小原さんが講師にいらっしゃる。とのことで参加を決めました。 続きを読む

透明な眼差しの先にある「いつか見た風景」。

限りなく透明な眼差しを手に入れることができたとしたら、自分にもこんな写真が撮れたりするんだろうか?

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図書館でたまたま手に取った、北井一夫さんの「いつか見た風景」という一冊の写真集があまりにも面白く、食い入るように見入ってしまった。(相変わらず入ってばかりいるここ最近。出口が何処にあるのかなんて、知らぬ顔。)

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今、なぜ民藝か? 横軸の広がりから、縦軸の深まりへ。

昨晩、下北沢のB&Bで行われた「いまなぜ民藝か?ー手のひらから始まる暮らし、そして社会へ」というトークイベントに参加した。

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 ー濱田庄司邸を訪ねた時に撮影

今回お話してくださったのは、4月に『民藝インティマシー』という本を出版された、明治大学理工学部専任准教授 鞍田崇さんとRoundabout(お店)・OUTBOUND(場所)を通して活躍されている小林和人さん。

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