カテゴリー別アーカイブ: スタジオジブリ

アフリカってどこを指す?

今月号の『熱風』で” アフリカのいま ”という特集が組まれていた。

わたしの中のアフリカ像といえば、自分が暮らしている場所からはあまりにも遠く、そこで暮らす人々よりも先に、サバンナなど野生に生きる動物のイメージが進行してしまう程なので、アフリカについて知っていることはほぼ皆無。普段当たり前のように” アフリカ ”と見聞きすることはあっても、実際の” アフリカ ”を一括りにするのはあまりにもナンセンスだった。
その大陸面積はヨーロッパ全土と中国を足したものよりも広く、54ヵ国の国々から成り立っており、そもそも国としての「アフリカ」など存在しないということの不思議と、今なお文明が手付かずの夜には色濃い闇の世界がそこには多く残されているという未知への憧れ。

一体全体、みんながいう「アフリカ」ってどこを指す?・・・という疑問からの出発。 続きを読む

かぐや姫、求められることの悲しさ。

先日、劇場公開ぶりにテレビで公開された「かぐや姫の物語」を中盤から見はじめて、終盤に向かうにつれて悲しくてたまらない気持ちになった。

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劇場では2回見て、それからしばらく時間が経っていたわけなのだけど、以前とはまったく違う気持ちで見ている自分がそこにはいて、それがなんなのか観ていく中で考えていた。

かぐや姫の気持ちに共感しているとか、感情移入しているとも少し違う。それなのにどうしてこんなに悲しくなるのか不思議な気持ちだった。 続きを読む

エネルギーの選択は、わたしやあなたの哲学そのもの。

このブログでは再三にわたって取り上げている、スタジオジブリの小冊子『熱風』。2月号の今回は「再生可能エネルギー」についての特集でした。

これはしばしば衝撃的で、納得のいく資料も掲載されており、やっぱり少しだけ今の日本が進めようとしているやり方には疑問を抱く気持ちが膨らんでしまいました。
2月号でインタビューに答えているのは、元経済産業相の官僚で、エネルギー問題にも詳しい古賀茂明さん。
本当は40ページに渡って話されている実情を全部丸ごと共有できればいいのですが、それはちょっと難しいので、個人的に印象的だった部分の引用に止めたいと思います。 続きを読む

虫と人間。

一匹のカメムシの侵入をゆるしてしまった。

光に向ってやってくる彼らが、明かりの灯ったこの場所へ寄ってこようとも、

誰がそれを阻止できようか・・・・・。

去年の夏、我が家で遭遇したカメムシ侵入事件でこんなことを感じたらしく、さらりとノートに記してあった。
(なるべく)エアコンを使わない日常で、多くの窓を開け払っているとよくある出来事とも言える。

つい先日届いたジブリの機関誌『熱風』1月号ではその編集後記にこんなことが書かれていて、なんだか妙に苦いものを噛んだ時のような気分に襲われた。 続きを読む

個展「ヌクヌクのいるところ。」

あめ・雨・アメ・天・飴・・・あめが降っている。

冬の日の、さむいアメ。つめたい雨。

雪国は、降る続く雪。雪かき、雪下ろし、除雪作業・・・本当にご苦労様です。

 

雨も、雪も、降る場所もあれば、降らない場所もある。

おんなじ一つの島だけど、何一つおんなじことなどなくて。
そんなことをぬくぬくとこたつに入って考えている自分は、どうしようもなく生温い。

今日はそんな、ヌクヌクのお話。(※こたつの中のぬくぬくではありません。)

物語から飛び出して、いよいよこれから子ども達の夢枕に登場することになるであろうヌクヌク。

そんな夢のある『ヌクヌクのいるところ』について。

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部分と全体。懐かしさ。— ジブリの立体建造物展

ジブリ熱も少し穏やかになった秋の中ごろ。

足を運ぶには幾分くじけてしまいそうな気持ちを叩き起こして、江戸東京たてもの園にて開催中の「ジブリの立体建造物展」に行ってきた。

東京の東小金井という駅で降り、ピンク色の小型バスに乗って、言葉にだけ聞いたことのある草木が生い茂った” 玉川上水 ”の脇道を歩いて到着した。

IMG_0001 続きを読む

高畑作品の背景で織り成す『音楽』から広がる世界

宮沢賢治の「フランドン農学校の豚」を読んでからわざと追い打ちをかけるように肉まんを食べたらものすごく気持ち悪くなってしまいました…。

人間ばかりが平和に豊かに長生きしようなんて考えは甘いよなーと。

「でね、実は相談だがね、お前がもしも少しでも、そんなようなことが、ありがたいと云う気がしたら、ほんの小さなたのみだが承知をしては貰えまいか。」

「それはほんの小さなことだ。ここに斯う云う紙がある、この紙に斯う書いてある。死亡承諾書、私儀永々御恩顧の次第に之有候儘、御都合により、何時にても死亡仕るべく候 年月日フランドン畜舎内、ヨークシャイヤ、フランドン農学校長殿 とこれだけのことだがね、」・・・・

新編 風の又三郎 — 「フランドン農学校の豚」

前回のつづきに取りかかります。
参照:「高畑作品の背景で織り成す『音楽』との出会い

「かぐや姫の物語」での話が一段落つくと、その後は「太陽の王子 ホルスの大冒険」「おもひでぽろぽろ」「火垂るの墓」の中で使われた音楽について話が及んだ。 続きを読む

高畑作品の背景で織り成す『音楽』との出会い

静岡県立美術館で開催中の「山本二三展」の傍らで行われた、ピーター・バラカンの「音を見る。アートを聴く」第8回目。「映画と音楽 — 高畑勲作品をめぐって」というトークイベントに、参加することが出来た。

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 引用元:静岡市美術館より

これは本当に幸運中の幸運で、今もまだ先日の映像が頭の中で再現されているような興奮状態なので、バランスを損ねた文章になってしまうかもしれない。
けれどきっかけとなった「山本二三展」の開催が残り僅かなので、(これを見て実際に来場される方はいないにしても)せっかくなので開催期間中のうちに書いておきたいと思う。開催は23日(火)まで。 続きを読む

借りものから生まれる。(『日本語の遺伝子』について)

ひとつの借りもの・前提として。

わたしは ことば の世界がすきだ

そこに浸かりきっていると とてもここちがよくて 穏やかな気持ちになる

と同時に ことば はからっぽの箱のようなものだ

ことば 自体に意味なんてない

そんなこと、ずーっと昔の人も気づいてる

からっぽの 意味のない ことば を大切にする

愛おしくおもう そこには何かしら意味があると思い込む

ことば に意味は・・・ない。

ことば は武器だ ことば は術だ

 

ことば は・・・・

 

ことば はどこだ
わたしが 出会いたい ことば は

 

少し前。8月の終わりころ、ノートに記した「ことば」の一部。 続きを読む

鈴木書店とAERAと蔦屋。

代官山蔦屋で開催中の鈴木書店について書こうと思っていたところ、隠居系男子の鳥井さんがそれについて記事を書かれていた。せっかくなので私も鳥井さんに便乗して、読みたいと思った本を合わせて書いてみようと思う。
参照:代官山蔦屋書店「鈴木書店 鈴木敏夫を作った100冊」で僕が読むと決意した本5冊 隠居系男子

実は、この企画の延長で18日に代官山蔦屋で実現した鈴木さんのトークイベントにも運良く参加する事ができた。そんなことも絡めて書ければいいなーと思いつつ…

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画像引用元:DAIKANYAMA  T-SITE 続きを読む

ジブリ、熱風、サハラに吹く風。

書きたいことと、実際に書くことの均衡がとれない。

情報と同じように感情も。次から次へと湧き出しては遠くへ追いやられて消えてゆく。

消えぬようにと心に留めたりノートに書き残したりしたとしても、やっぱり何事にも ”旬” はある。

 

”旬” を過ぎてしまえばそのままのかたちで表に出すことは恥ずかしい。

それでもどうしても表に出したいというのであればそういった感情が完全に静まって一度深く水の底まで沈殿させてしまうしかないのだろう。

そうしていつの日か本人も忘れた頃にあちら側から勝手に、自ずと立ち上がってくる時を待つともなく待ち続けるということか。

待ち続けたところで本人や周りが期待するようなそんな” 何かしら ”が本当に立ち上がってくるかどうかすらわからない。

ある種の世界ではそんな風に予測も確証もないまっさらな状態で、システマチックに支えられた世の中に立ち向かって、背を合わせたように、生きている人も少なくはないのかもしれない…。 続きを読む

風の谷のナウシカ 〜物語の断章を伝承するもの〜

まとめて総ざらいの気分だったので、宮崎駿関連のまだ読んでいない本を何冊かポチってしまった。

ポチ。ポチって。便利過ぎて気をつけねばと思う…。

そしてジブリの教科書1 風の谷のナウシカを読んだ。

風の谷のナウシカ。

全てはここから始まったような、宮崎ワールドの原点みたいな作品。 続きを読む

『思い出のマーニー』へ。立ち位置が定まらないわたし

先日公開2日目のレイトショーにて、『思い出のマーニー』を観てきました。

それから数日のあいだ。この作品についてあれこれと考えを巡らせているのですが、一向に立ち位置が定まらずにどうしたらいいのか置き去りにされた状態が続いています。

記録・過程として。そのような宙ぶらりんの「いま」を少しばかり主観と客観を混ぜこぜにして、書き残してみようかと思います。

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劇場版本予告映像

”「輪には内側と外側があって、私は外側の人間。」「私は、私が嫌い。」”・・・ 続きを読む

「続・風の帰る場所」を読んで。渋谷さんの勢いが止まらない…

夏はどうしてもジブリに寄ってしまう。先日の「もののけ姫」とともに私の夏が始まりました。

そして夏と共に台風がやってきます。風と雲の流れがぐんぐん早まって。

”風の通り道” とか、”風の帰る場所” とか、”風立ちぬ” とか ”風の谷” とか・・・・
宮崎駿さんの作品の多くには ”風” というキーワードが登場する。

大体、風の生まれる場所や風の帰る場所をいざ考え始めたら、それこそ日常生活とは遠くかけ離れたところへ行ってしまうんじゃないか。実体のない風と、その辿る道、そして帰る場所・・・

 

ということで今回は「続・風の帰る場所 映画監督・宮崎駿はいかに始まり・いかに幕を引いたのか」という本について、少しばかり書いてみようと思う。 続きを読む