カテゴリー別アーカイブ: 願い事

夢と物語と。

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夢を抱き、夢をみて、なにかを越えて、ここまできた。

勇気をだして、やってきてはみたものの、現実のせかいでは夢も物語もそう長く続くわけではなくて、はじめの想像とは違って、うむうむ。。もどかしい日々が続く。

けれど、自分はこの道を選んで、すでにここで歩み始めてしまっているので、後戻りはしたくない。

・・・というパターンは、どんな道を進んでいったとしても、当然のごとく目の当たりにする事柄、なのだと思う。

 

それでも夢や物語を求めて、探したり、一歩踏み出したいひとは、たくさんあるのが当然だろう。

 

ではでは、夢と物語がそのまま儚く消えてしまうことと、夢の、物語の、その先を自分の足で形作っていくことにはどんな差があって、なにが違うのだろう?・・・

 

わたしは、夢と物語がすきだ。

けれど、それがいっときの夢としてさらさらと流れていってしまうような、頼りないそれであってはほしくないなと思う。

 

夢と物語を描くからには、たぶんその先に進んでいくための、たくましい体力やら持久力が求められるのだろう。

マッチョな夢物語を届けられるように、わたしはもっともっとタフになっていこう。

 

たくさんの涙は、小さな種を育てる栄養剤として。

 

up&up どんどんいこう、いけるところまで

きのうから何度も、何度も、

繰り返し見ているこの動画。

COLDPLAYのup&up。


はじめはそれこそ、時空を超えて展開される映像の世界観に圧倒されていたのだけど、

なんどもなんども繰り返し見ていくうちに、そこに見え隠れするメッセージ性のほうにぐんぐんぐんぐん惹きつけられていった。

 

わたしたちが築き上げたもの、

わたしたちが描いた未来、

わたしたちが手に入れ、進んできた道のり、

進みたい、見てみたい、もっとたくさん、もっと幸せに。。

 

大地に線を引き、壁も作ったし、さらなる発展を目指して、開発をして、戦争もして。

もっとよくなる。もっと便利に?

どんどんいこう。いけるとこまで?

 

ひとりひとりの時間が有限なのと同じように、

水に満たされたこの星のなか、

ひとも、どうぶつも植物もみんなみんなで、限られた地球を共有している。

 

便利に満たされた時間のいっぽう、

家を追われて居場所を探し、おおきな影に追われ続けるこどもたちがいる。

純粋なまなざしで、かれらが見ているせかいに向き合う。

 

みたいものだけ見ていればいいの?

なりたいわたしだけ、追い求めればそれでいい?

国境も、言語も、時空すらも飛び超えられるこれからの未来。

 

 

人びとのもつイマジネーションがせかいを如何様にも変貌させられるとしたら、

そこには愛があるといいな。

 

おおきなおおきな、

海のように懐の深い

愛がすくすく育つみらい。

 

かろやかなねいろ

まさか、まさか。

まさかり担いだ金太郎。

うーんと空いてしまいました。うっかりすっかり。

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この間たんに、

畑を耕すじかんをおろそかに、していたわけではないけれど・・・

じーっと沈殿させるように、

きもちを落ち着かせることはなく、

季節は立冬を迎え、旧暦では神無月入り。

風が冷たくなりました。

 

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感受性のさき。

鬼のように怒りに身を任せ、その体内を流れる水という水で、ひとの世界を覆い尽くした今回の台風。

まだまだ刻々と事態が変わっていく中で、私たちの目に映った4年半前の既視感。

そういえば去年のこの時期は、広島の土砂災害、夏には御岳山の噴火、木曽での土砂災害もあった。水という水の勢い、多すぎる水がもたらすのは恵ばかりではない。特に、土との付き合いを疎かにしてしまっている今のわたしたちには、こうしたことが起きるたびに痛感させられる。

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どうしたら、この猛々しく荒ぶる自然をなだめながら、上手にやっていけるんだろう。。

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このカラダやこのカタチ。輪郭はどこにある?

平日毎日かかさず更新していきます!・・・なんて言ってみたものの、早くも挫折ムードが匂い立つ上弦の月(まであと2日)。

ノルマを課すことは時に人をそこから遠くへ退けてしまう。そんな効用を感じたりしています。なんて言い訳を並べつつ、何を書こうかな。。

最近、不思議な縁あって、それこそ” 学びの源泉 “のような場所に日夜入り浸っています。 続きを読む

「聴く」ことの力から生じたうねり。

鷲田清一さんの著書、『「聴く」ことの力 ー臨床哲学試論 』を読んだ。

内容についてはこの後、” なが・なが ”と続いていくとして、本書のなかで音楽のように、どこまででも広がっていくようで、ただそこにとどまり続けているだけのようにも感じられる写真家、植田正治さんの重低的な伴奏写真があることの心地よさ。

なくてもいいけど、あったほうがいいものは、本当に多い。

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モノローグの中で鷲田さんは「哲学はこれまでしゃべりすぎてきた……。」と書かれている。そして、「アカデミックな哲学というものに、漠然と感じてきた ” ひっかかり ” である。」と続く。

まことのことばを知るためにこそ、わたしたちは語ること以上に、聴くことを学ばねばならないということだろうか。くりかえして言えば、わたしがここで考えてみたいとおもうのは、この〈聴く〉ということの意味と力についてなのである。

このようにして、〈聴く〉とはどういうことか、「語る」でも「分析」するのではなく、「聴く」ことをするような哲学のあり方について考えてみたいというところを出発点に、じわじわと話は深まっていく。
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愛する悲しみよ、こんにちは。

頭の中のぐらぐらに目を凝らして見ていると・・・焦点は揺らめいて、気持ち悪くなったりもする。

春という漠然とした不安定を抱えて、今年もまた、桜の木の下に立ち尽くす時が来た。

「悲しみよこんにちは」。なんてステキなタイトルだろう。春にぴったりのこの一節に想いを巡らせて、悲しみを直視する。 続きを読む

文筆欲求

外は雨。

寒さが緩み、南からの突風にばちばちと跳ねる雨。

まだ冬は終わっていないのに、どうやら気が早い春の先駆けが一瞬ちらりを顔をみせ通り過ぎてゆく。そんな天気の午後のそら。

静かな部屋にぽつねん。・・・と

打ちつける雨や風の音を聞いているとちっとも静かではないのにね。と窓の外を通り過ぎるカラスに語りかけてみたりする。

 

窓はせかいにつながっている。
わたしは内側でせかいの様子をうかがっている。

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タイトルを「文筆欲求」としてみた。堅くて凛々しい。そんな印象?

文筆とはこれすなわちせかいと対峙し、自身を満たす欲求そのものである!ダダンッ!!・・・・。

文章術でもハウツーでもなく、どうしてこんなにも文章欲求が湧き出てくるのか。というお話。 続きを読む

みらいにつづく選挙のはなし。

いつごろから、選挙を通じてこのくにの未来に関心を寄せるようになっただろう。

日本では20才になると選挙にいく権利と義務が生まれる。

20才の頃はまだ学生で、住民票は故郷にあったので、おそらく投票には行かなかったし、選挙に向ける関心も高くはなかった。

 

就職して、なんとなく大人の仲間入りという意識も持ちつつ、図書館で少しばかり新聞の論調を見比べて、投票に向かった。

そして「選挙に行ったよ。」と親に報告してみたりしたかもしれない。

 

結婚してから、みらいについて考えたり話をすることが多くなった。

それは二人の未来というより、いずれ生まれてくる子どもたちが含まれたみらいの話。

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