カテゴリー別アーカイブ: 思うこと

具体的に少しずつ。

 

「具体的に少しずつ何かを続けていくことが、大切だと思います。」

思いがけないメッセージとともに、そえられていた一つのことば。

 

はじめたまま放ったらかしにしていたのは、忙しさのせいでもなんでもなくて…

自分で自分のことばを紡いでいくことに、ゆるやかに、時折はげしく、おおきな揺さぶりがかかったからでした。

自分の「ことば」を支えているハズの足場は、ほんとうにさらさらと流れていって、

それからは黙して、ジーッと耳をすませる日々。

 

その間にわたしが出会ったたくさんの人たちは、手を動かし、身体を使って、

具体的にものを生み出し続ける人たち。

 

あんまり憧れが強いので、不完全さが露わにならないように、隠して隠して、引っ込んで。

いつの間にか自分の「ことば」で語ることが ”こわい” と思ってしまうようになっていた。

 

もうそろそろ、もう一度、自分の足場づくりを再開しよう。

それは、ひとりじゃなくて、たいせつな人たちが一緒に支えてくれている足場だから。

 

生のことば、生の葛藤。

生きていて動いている”いま”という時間と、生まれていく過程を、きろくすることが大事だと思うから。

 

三度の夏を過ごした昭和村も、具体的に少しずつ、かたちになり始めています。

 

・「土からうまれた糸を継ぐ村

・「畑から布がつくられる不思議。からむしに引き寄せられて、この村にやってきた。

 

このあとは、実際にこの村で暮らし、つくり、関わる人たちの姿を伝えていきます。

夢と物語と。

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夢を抱き、夢をみて、なにかを越えて、ここまできた。

勇気をだして、やってきてはみたものの、現実のせかいでは夢も物語もそう長く続くわけではなくて、はじめの想像とは違って、うむうむ。。もどかしい日々が続く。

けれど、自分はこの道を選んで、すでにここで歩み始めてしまっているので、後戻りはしたくない。

・・・というパターンは、どんな道を進んでいったとしても、当然のごとく目の当たりにする事柄、なのだと思う。

 

それでも夢や物語を求めて、探したり、一歩踏み出したいひとは、たくさんあるのが当然だろう。

 

ではでは、夢と物語がそのまま儚く消えてしまうことと、夢の、物語の、その先を自分の足で形作っていくことにはどんな差があって、なにが違うのだろう?・・・

 

わたしは、夢と物語がすきだ。

けれど、それがいっときの夢としてさらさらと流れていってしまうような、頼りないそれであってはほしくないなと思う。

 

夢と物語を描くからには、たぶんその先に進んでいくための、たくましい体力やら持久力が求められるのだろう。

マッチョな夢物語を届けられるように、わたしはもっともっとタフになっていこう。

 

たくさんの涙は、小さな種を育てる栄養剤として。

 

触媒、媒介、つながる出口。

とても大きな波がきた。

うねり、うなり、湧き上がり、蠢いて、

いまもまだ、ざわざわ、ぞわぞわ。

鎮まるどころか、ずっと、ずっと。

それはいまなお続いていて、うっすらどこかで触知しあって、

目があい、カチン。

つながるときは、スッとつながり、

掛け違えたままのボタンが掛け直される気配はきはく。

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食べるの”闘い”と、生きるという仕方。

降って降って降り続いた雨が上がると、
忘れたつもりで箪笥の奥にしまいこんだ残りの暑さを思い出す。

あぁ、まだ暑くなるのね。つい先日のはずの夏が、やけになつかしく感じます。

気分はすっかり秋なので、おすそ分けしてもらった栗を剥いて栗ごはんをつくりました。

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実家の畑でとれた栗。 続きを読む

up&up どんどんいこう、いけるところまで

きのうから何度も、何度も、

繰り返し見ているこの動画。

COLDPLAYのup&up。


はじめはそれこそ、時空を超えて展開される映像の世界観に圧倒されていたのだけど、

なんどもなんども繰り返し見ていくうちに、そこに見え隠れするメッセージ性のほうにぐんぐんぐんぐん惹きつけられていった。

 

わたしたちが築き上げたもの、

わたしたちが描いた未来、

わたしたちが手に入れ、進んできた道のり、

進みたい、見てみたい、もっとたくさん、もっと幸せに。。

 

大地に線を引き、壁も作ったし、さらなる発展を目指して、開発をして、戦争もして。

もっとよくなる。もっと便利に?

どんどんいこう。いけるとこまで?

 

ひとりひとりの時間が有限なのと同じように、

水に満たされたこの星のなか、

ひとも、どうぶつも植物もみんなみんなで、限られた地球を共有している。

 

便利に満たされた時間のいっぽう、

家を追われて居場所を探し、おおきな影に追われ続けるこどもたちがいる。

純粋なまなざしで、かれらが見ているせかいに向き合う。

 

みたいものだけ見ていればいいの?

なりたいわたしだけ、追い求めればそれでいい?

国境も、言語も、時空すらも飛び超えられるこれからの未来。

 

 

人びとのもつイマジネーションがせかいを如何様にも変貌させられるとしたら、

そこには愛があるといいな。

 

おおきなおおきな、

海のように懐の深い

愛がすくすく育つみらい。

 

毎年繰り返される演目の名は「春」。

止まらない季節にふと足を止め、空を見上げる春。

都会も田舎も、いたるところ景色は桃色さくら色。

ぴちぱちと弾け、いきおいを放つ若葉群は青々と茂り、

活動のしらせに鳥どりは持ち前の歌声にみがきをかける。 ・・・

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過ぎ去っていくものはいつの時代もこころ儚くし、

はじめは嬉々として空ばかり見上げていた人々も、

いずれは我を思い出し、足早に歩み出す。

そこで起きたすべては大きな舞台、演目のひとつ。

わたしたちが信じて止まない架空の”日常”はより一層、それがもつ”日常さ”に拍車をかけるのです。 続きを読む

とびらの前で。哲学入門以前

正月明けのぼやけた頭を、がつんとやられる一冊に出会いました。

今はなき哲学者、川原栄峰さんの著作『哲学入門以前』というものです。
27歳になりたてのわたし自身にむけて、お祝いと激励の気持ちを込めて引用してみます。
ちなみにこの本は、昭和42年11月に発行されたもののようです。

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もういくつ寝ると…

屏風のように正面にそびえる山並みの向こうに暮れていく日と、
ほのかに醸された夕暮れのあかもいよいよ引いていく。

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場所から場所への移動と、この間(一連のここまでの流れのなか)に感じた気持ちや思いを自由に行き来させる行為は、少しだけ似ている。

2015年の幕引きと、2016年の幕開けという境。
グレゴリオだけど、人々のきもちは嬉々として空中をたゆたうばかり。 続きを読む

母の不在、無知の”ち”(知・地・池・値…)

すこーん!と突き抜けるように清々しい朝。
もう何日か経つと、冬至ということで、お日さまの光がてっぺんまで弱まっていく、フィナーレの数日間ですね。

弱まって転ずる。そんな佳境の”いま、ここ”です。
ぬくぬく。かぼちゃ団子。。

 

ひたすら動き続けるなかで、芽生えたひらめきもすぐに掬いあげることなく、泳がせたまま流れに委ねる日々は、一層ふしぎな感覚でながれてゆきます。 続きを読む

かろやかなねいろ

まさか、まさか。

まさかり担いだ金太郎。

うーんと空いてしまいました。うっかりすっかり。

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この間たんに、

畑を耕すじかんをおろそかに、していたわけではないけれど・・・

じーっと沈殿させるように、

きもちを落ち着かせることはなく、

季節は立冬を迎え、旧暦では神無月入り。

風が冷たくなりました。

 

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自然とにんげん、変わらないこと。

満月の夜は、なにやらそわそわと、どこかでもぞもぞと、なにかが蠢きあっているような、

ざわついた感じが漂いました。それもすでに過ぎたることの真昼のさなか。

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風の勢いに応じて流れゆく雲は、自分がどこに向かってどこに流れ着くとも知らず、

少し早すぎるから速度を遅めようなどと、調整する隙もなく、

風そのものの勢いや流れに身を任せ、どこまでも過ぎていくし、流れに乗っては運ばれていく。

 

どこかに到着し喜びを噛み締めることもなければ、移動の最中にかたちはどんどん変わり続ける、かなしみもうれしみも、流れ流れ刻々と変化。 続きを読む

感受性のさき。

鬼のように怒りに身を任せ、その体内を流れる水という水で、ひとの世界を覆い尽くした今回の台風。

まだまだ刻々と事態が変わっていく中で、私たちの目に映った4年半前の既視感。

そういえば去年のこの時期は、広島の土砂災害、夏には御岳山の噴火、木曽での土砂災害もあった。水という水の勢い、多すぎる水がもたらすのは恵ばかりではない。特に、土との付き合いを疎かにしてしまっている今のわたしたちには、こうしたことが起きるたびに痛感させられる。

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どうしたら、この猛々しく荒ぶる自然をなだめながら、上手にやっていけるんだろう。。

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道半ば、道の駅。

ここ最近、溢れる感情のようにして、勢いに任せてことばを紡ぐことが、極めてむづかしくなっています。

せっかく、直に多くの場所に足を運び、人と出会い、話を聞いて、次につなげていくための足跡を残してきているにもかかわらず、肝心なわたしの足元がふらふらと揺らいでいる場合じゃないでしょうに。。

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と思えば思うほど、静かにじーっと、奥の方に控えてしまう夜行性の動物のようになりすました、もうひとりのわたしの存在を、ここに向かうわたしは見つけます。

さてさて、どうしたものでしょう。
まだまだスランプにも満たない、けれど、なかなか厄介な側面に直面しています。 続きを読む