水があるところには、たくさんのいのちが宿る。
滾々と涌き続ける水はいっぱいになると溢れて流れ出す。
絶え間なく流れ続け、川ができる。
川の行き着く先には海があった。
絶えず溢れ続ける水と、流れ続ける水によって、いのちがたくさん行き渡った。
流れ続け、溢れ続け。
時に乾いたり、氾濫したり。
どちらにしても流れ続けた。
流れ続けることはとても自然なことと思っている。
全ては流れ、吸収し、蒸発して降り注ぐ。そうしてまた涌き上がる。
どうして必ず川は海に向かって流れ、海から川に向かうじゃないんだろう。
真面目にきいたらバカにされるだろうか。
でも、だって、フシギと思った。
そんな風に、宙からみた青い地球は循環してきた。
何万年も何億年も昔から。
世の中には、(きっと一生交わることのない世界で)
びっくりするくらいのオカネを抱え込んでいる人たちも大勢いる(模様)。
そこに実感が伴うかどうかなんて関係がなくて。
通帳の預金残高か、はたまたそんなものを確認する必要もないんだろう。
人類に多大なる恩恵をもたらしたのだからそれは当然のことかもしれない。
と同時に、実感が伴わない程膨らました果てにその架空に近いオカネってどうなるんだろうってフシギも生まれた。
” ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。”
読んだことはないけれど、そこから随分離れて遠いところまで流れて来てしまったんだなーと思った。
循環の中で巡り続けるだけが全てじゃないよと誰かに耳元でそそのかされちゃったんだろうか。
循環など我関せず。
我は我らのために全てを備え蓄えるに尽きよう!
都合のいいことに今は備蓄の為の倉庫などリアルを離れた架空の空間にいくらでも膨らませる事が出来ようぞ!!
・・・・ってな感じでしょうか。
すべては妄想の四次元ポケット。
現にこの空間だってもう実感から遠く離れた青くもなく途方もない第二の海(仮)。
こういう時は、水の源を訪ねるのがいちばん良さそうだ。
はやく〈水の里、火の国へ〉いきたいなー。笑
それではこの辺で。
中條 美咲