鳥肌は足下からやってくる

ついこの間。世界報道写真展に足を運んだ際(参照:流れる血は赤く、命はとてもあっけなくー世界報道写真展に行ってー)迷った挙げ句に見送ったコレクション展「スピリチュアル・ワールド」がやっぱり気になってしまい、最終日に来館してきた。

結果的に、行って良かった。

 

展示タイトルの時点で、選り好みが明確に分かれてきそうな。
「スピリチュアル」という言葉にはその位、良くも悪くも威力があるようにわたしは感じている。

最初からすぐに行こうと思えなかったのも、少しばかり構えてしまったからかもしれない。

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会場に足を踏み入れると正面に一枚の写真がある。鈴木理策さんの「海と山のあいだ14」という作品だ。
明るい日差しの中、木々に囲まれた道の向こう側がまあるく開けている。たぶん海があるのだろう。少女が誘い込まれてしまいそうな。そんな一枚から、こちらとは気色が異なる世界に一歩足を踏み入れる。

ごあいさつ(抜粋)

日本では古来、森羅万象に「八百万の神(やおよろずのかみ)」が宿るとする信仰をもち、目に見えないものや日常を超えたものの存在を感じとる感性、神仏を畏れ敬う意識、生きている者と死者の関わり合いを大切にする死生観とともに人々は生きてきました。近代化の過程で失われていった非合理的なもののなかには、日常生活や現代社会の価値観にはない未来への手がかりが隠されているのかもしれません。

主催者

1.神域|Sanctuary
2.見えないものへ|to the invisible
3.不死|immortality
4.神仏|Kami and Buddhas
5.婆バクハツ!|Old Women in a Burst!
6.王国・沈黙の園+ジャパネスク・禅|Domains,Garden of Silence + Japanesque,Zen
7.全東洋写真・インド|Asia Road,India
8.テクナメーション|Technamation
9.湯船|Yubune

以上9つの括りに分かれ、183作品。様々な写真家の切り取った世界が展開される。

 

驚いたのが序章の導入文章が西行の歌からはじまったところだ。

1.神域|Sanctuary

なにごとの おわしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる

(中略)時として、すぐれた写真・映像表現の中には、そのような日本人的な感受性を感じさせる作品があります。道端や野辺にあるほこら、神社や参道の入口に立つ鳥居。そんな数々のイメージをたどり、歩いていくうちに、人はやがて、目に見えない神々の宿る場所 — 神域へと導かれるでしょう。

神宮 希林 わたしの神様」という映画をみて、西行のこの歌を知ったのがつい二月前。

1930年代の浅草の風景や、田舎のそこかしこにあるような何でもない風景。ふしぎと懐かしい気持ちが広がる。

「2.見えないものへ」 では伊勢神宮を始め、熊野、沖縄、宮古・八重山諸島など。神々をまつり、いのる行為、それに触れようとする作家たちの視線のありようが写し出されている。

ここでは先日(参照:月見る装置「KATSURA」の中で)少し触れた「イメージとしての桂離宮」を作り上げてしまった石元泰博さんの撮った伊勢神宮の写真も目にすることができた。

「4.神仏」では土門拳さんの「古寺巡礼」より、法隆寺夢殿観音菩薩立像面相や室生寺の十一面観音立像頭部などの大迫力の4作品を目の当たりに・・・。

内藤正敏さんが恐山で霊媒をなりわいとする盲目の女性たち・イタコの口寄せ(降霊)儀式などの取材をしたドキュメンタリー「5.婆バクハツ!」あたりから気配がガラッと変わる。
不気味とでもいうものか…入ってはいけないところ、見てはいけない世界に来てしまったと足下から鳥肌が沸き上がる。

藤原新也さんの「7.全東洋写真・インド」では生々しい”生”の色彩から。
死んで、犬に食われ、燃えて土に還るまで、”死”に向かって色彩は淡く霞みゆく。
骨になったいつかの誰かの痕跡などは夢の中のようにきれいな一枚だった。

 

 

最後に。

ほんとうはもっと細かく、沢山伝えたいことが詰まっているけれど、キリがないのでこの辺で留めて仕舞います。

 

今回この「スピリチュアル・ワールド(図録はこちら)」を通して、写真は生で見なくちゃ何もわからないとつくづく感じました。作品によって質感や温度、空気、大きさ。写真集で概要は掴めても、本質までは到底届かない。

特に、三好耕三さんの「9.湯船」シリーズ。

湯気の立ちこめる薄暗い空間の中に、様々な形状の湯船が立ち現れます。水面もまた乳白色に濁り、あるいは漆黒の闇であり、波紋や窓の明かりを映して様々な表情を見せます。湯気や水面といった表層の奥底から、神秘的なものが立ち上がってくるような、暗示に満ちたイメージがこの作品の魅力と言えるでしょう。

すべて白黒のこの作品群は、湯気の熱気まで伝わってきそうで、ものすごいイメージの喚起が迫ってきます。

”湯船”という場所も、立ち返って考えてみると、わたしたち日本人にとても重要な意味を示しているのでしょう。

海外からの観光客の方もちらほら見かけましたが、この写真展から見える”日本”の持ち合わせていたドメスティックな部分は相当印象に残るのではないかと思いました。わたし自身にも衝撃にも近い印象として、更にじわじわと広がっていきそうな予感がします。

 

そして、身体の方が強烈にヤバい!と思ったとき、鳥肌は足下からやってくるという。25年目の発見をしました。

 

それではこの辺で。

中條 美咲