きのう、こんなことを考えた。
一年は12ヶ月で、12月31日の次の日は1月1日。今年は2017年。
2017年12月31日の次の日は、2018年の1月1日になる。
そして2018年1月3日、わたしは29歳・・・・・・になる!
重要なのはわたしが29歳になることではなくって(もちろんそれも大事だけれど)、どうして一年は12ヶ月で13ヶ月でも14ヶ月でも35ヶ月とかでもなくて、12月31日の翌日は1月1日なんだろうということ。
例えば永遠と、12月31日の次の日は13月1日、13月30日、14月1日・・・・・・・
みたいになったら歳の数え方も変わるんだろうって。
ちなみに例えば1年365日という区切りがなかったら、わたし達はどんな風に歳を感じて生きていくんだろう。
どうしようもなさそうなことばかり考えている、そんな28歳の年の瀬。
大人になるどころか、夢見る少女に逆戻りしている場合では、ないハズ。
みんながなんとなく区切りを感じられて、ここで一周、一区切り!
またひとつ歳を重ねるんだって思えることは、人生の充実感、満足感に少なからず寄与しているんだろうなぁ。
今日から少しずつ、日がのびていく。
さいきん時間とか空間とか、歴史性について、(1920年代あたりを中心に)ぼんやりぼんやり考えています。それは昨日お話したハイデガーの『存在と時間』の影響もそうなのだけど、それよりもずっとずっーと、犬養道子さんの『花々と星々と』の影響がふんだんなのです!
主人公の「道ちゃん」が満三歳の冬。
” 風呂場の煙突から入りそこねて尻餅をついたので、来る早々にお尻の毛のすり切れたあわて者の小さな熊 “ーーチイグウと友だちになった頃の回想からこの物語は始まっていきます。
内容について詳細は省きます。(またの機会に紹介します)
そろそろクリスマスですし、
ころ合いの(ってどのくらいでしょう)彼たち、彼女たちにプレゼントしたい一冊まちがいなしです。夢と理想と希望と現実を、まっすぐな瞳で見据えて進んでいく、道ちゃんのように逞しいの少女たちへ届いていきますように。
ただ、残念なことに『花々と星々と』、現在は廃盤となっているようです。
道ちゃんのおじいちゃんがかつての総理大臣犬養毅(五.一五事件で暗殺される)だったことや、単に時代が過ぎ去ってしまい、いまでは売れないなどの理由もあるのでしょうか。。
大人たちの歴史や理由とは関係のない場所で、いつまでもいつまでもきらきらと美しい一冊です。教科書で眺めただけの「歴史」の見え方はまるで変わってしまいます。
機会があればぜひ、手にとって感じてほしい。できればもう一度、再販してほしいと願わずにはいられません。
BGMにはLisztのLiebesträume,3 Sonette Petrarca,Consolations Daniel Barenboimがぴったりとはまって、よくリピートしていました。「慰め」というタイトルも、この本にどこかしら通じるように思います。