批評の価値はどこにどの程度あるか。そんなことは考えるまでもなく、世の中には批評や批判が溢れている。
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小林秀雄さんの本を読んでいると、どれほど広い視野で、かといって常々高い所から、全体を見渡すばかりの客観的な姿勢に偏らず、どこまでも冷静な主観的意思を持って、真っ正面から踏み込んでいて、物事の真意やそこに込められた意図するところを汲み取りながら、真の理解を深めようとしている様子が伝わってきて・・・
わたしはただひたすらに脱帽し、膝を折り、地面にへたり込んで仰ぎ見るようにしながら彼の言葉を少しでも多く、この身体に染み込ませたい!ととても強く望むのだった。
大袈裟かもしれないけれど。こんな人がかつて世の中に存在したと思うだけで、当時を共にした多くの(敏感な)発信者や表現者たちは、身を引き締め、背筋を整え、心してその仕事(生き様)に取り組んでいけたのではないか。適度な緊張感もありながら、どこか安心感もある。そうしてその結果、とても真摯な担い手が生まれてくることに少なからずつながってきた。
そんな想像を繰り広げながら、1974年に発刊された「考えるヒント」を読み進めていった。
タイトルにもあるように、「考える」ということについて、あらゆるポイントから筆者はこちら側にその可能性を投げかけてくれる。
” 良心 ”という項目の中で、それについて書かれていた一部を引用してみたい。
考えるとは、合理的に考える事だ。どうしてそんな馬鹿気た事が言いたいかというと、現代の合理主義的風潮に乗じて、物を考える人々の考え方を観察していると、どうやら、能率的に考える事が、合理的に考える事だと思い違いしているように思われるからだ。当人は考えている積りだが、実は考える手間を省いている。そんな光景が至る処に見える。物を考えるとは、物を掴んだら離さぬという事だ。だから考えれば考えるほどわからなくなるというのも、物を合理的に究めようとする人には、極めて正常なことである。だが、これは、能率的に考えている人には異常なことだろう。
この事は、道徳の問題の上にもはっきり現れている。みんな考える手間を省きたがるから、道徳の命が脱落して了う、そんな風に見える。良心というような、個人的なもの、主観的なもの、曖昧なもの、敢えて言えば全く得体の知れぬもの、そんなものにかかずらっていて、どうして道徳問題で能率があげられよう。そんなものは除外すればよい。(中略)良心は、はっきりと命令もしないし、強制もしまい。本居宣長が、見破っていたように、おそらく、良心とは、理智ではなく情なのである。彼は、人生を考えるただ一つの確実な手がかりとして、内的に経験される人間の「実情」というものを選んだ。では、何故、彼は、この貴重なものを、敢て「はかなく、女々しき」ものと呼んだか。それは、個人の「感慨」のうちにしか生きられず、組織化され、社会化された力となることが出来ないからだ。(中略)
良心は思想を持たぬが、或る感受性を持つ。
だから、私達は皆ひそかにひとり悩むのだ。
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今まで日の目を浴びることなく” 扱いにくきもの ” ” 取るに足らないもの ”として相手にされてこなかったものの中から発見できるもの。もっというと手に取って掴むことができる実体。
そういった” 真 ”まで踏み込んでいって、堂々とその存在を認めて公に向けて発言してくれている様はとても清々しく、心強く、いつも頼り無さげに周囲の様子を伺って浮遊しているばかりのわたしは、その存在にすっかり惹き付けられた。
出来る事ならこのような人物に直々に向かい合い、自らの中に有り余って浮き上がってくる ” 取るに足らないもの ” たちに対して、愛と皮肉たっぷりの” 情 ”でとことん批判してもらうことができたなら、それほど強烈な(場合によっては立ち直れない)体験はないのではないかな。と思い巡らしてみるのだけれど、誠意ある批評をしてもらうにもまずはそのお目がねにかなう存在にならなくてはいけなくて・・・・
まだ知り合えぬそんな人に向かい合うときのことを夢見て(?)日々、しょうもない「実情」や「感慨」の海へ潜ってゆこうと励んでいる姿は、他所からみたらとても滑稽で、それでいて扱いにくき人、そのものなのかもしれないなぁと。気付いた所でそれはそれで仕方なし。
どこにゆけば彼のような人にお目にかかれるのでしょうかと。
「つまらない妄想はおよしなさいな。」そうやって辻褄の合わないものがたりが進行しているうちはどうにも現実の足取りがちぐはぐしてしまうばかり。
・・・そうこうして書いている自分も置いてきぼりを食らう始末。
どちらにせよそんなことはどうでもよくって。この本はそんな意味とそれ以外の意味とおおきな括りでとても活性化されて豊かに踊り出したくなるような一冊。
かたいと怖じ気づかずに ” 頑なでない ” 思想を求める女性陣にも興味があれば触れてみてほしいものです。
もちろん男性諸君にも。。
小林秀雄さん、この方きっと随分おモテになったのでしょう。
それではこの辺で。
中條 美咲