かなりタイムラグがありますが・・・
今回は2月1日に Eテレ『SWITCH 達×達』で放送された
写真家 操上 和美×映画監督 三池 崇史の対談について書いていこうと思います。
沢山映画を撮られている三池監督の存在は知っていましたが、操上さんという写真家は、今回番組を見て初めて知りました。
画面を通してにも関わらず操上さんの撮られたポートレイトの衝撃が半端ではなかったので、その印象を中心に対談の内容を含め、書いてみたいと思います。
作品は市川海老蔵・役所広司・宮藤官九郎・大江健三郎・北野武・・・など名立たる著名人がモデルとなって撮られていました。画面を通してですが、どの作品も現実以上にリアルに被写体の内面を映し出しているというか・・・
目から発せられている力が凄いんです。直視するのに勇気がいります。
中途半端な気持ちで向き合うことは出来ないな。と・・・それなのに一度作品と目が合ってしまうと今度は目を逸らせられない。
北野武さんを98年頃撮影した作品があり、その作品を前に三池監督がつぶやかれます。
三池:・・・誤解を恐れず言うと、どの写真も遺影を見ているような。。
操上:めいっぱい生きてるってことでしょうね。
遺影って、改めて撮るものではなくてかつて撮ったものが遺影になるという。三池:ほんとに、映画を見ても北野武の映画のエンドロールって墓標に見えるんですよ。俺たちはこれを、”過去”作り上げた者たちですっていう。
そして目に留まるのはその「PORTRAIT」展に並んでいる多くの作品の被写体が男性であることです。(ちなみに操上 和美さんはライダースジャケットをバシッとキメた78歳の男性です。)
その点については三池監督も質問されていました。
三池:全体的に、男性が多いですよね。
操上:そうですね。…男好きっていうか。
女性は・・反射するんですね、光を。 美しく。
男は光をふっと吸収してくれるんですね。そういう男の人に惹かれるんですね。
”女性は光を反射して男性は吸収する”
今までいろいろな例えで男性と女性の違いが語られてきたと思いますが、この表現の仕方はまさに目から鱗でした。
何故女性は光を反射して男性は吸収するのか・・・
それについて考え始めたら全く話が逸れてしまうのでいずれ、ストンと腑に落ちる日までこの謎はあたためておくことにします。
そして操上さんにとって究極のセッションとして記憶に残る大江健三郎さんについて話が及びます。(操上さんは撮影のことをセッションというそうです)
三池:イメージからすると、なかなか手強そうな
操上:手強いですよやっぱり。カメラマンてどうしてもズカズカって入るじゃないですか。でもそういう風な撮り方じゃなくて静かに静かに寄っていく感じの人ですよね。
これは約2年にかけて、大江さんの生まれ故郷の四国に行って。その辺散歩しながら
丁度山が綺麗だったので、ふっと大江さんのイメージが人の声をきくとか、心の声をきくとかそういうイメージがすごくあったので、大江さんにちょっと「やまびこを訊いて」って言ったらスッと耳に手をあてられて、シャカシャカっと撮ったのですけど・・三池:・・・ほんとに 空気が澄んでますよね。
操上:空気っていうは人間に纏わりつくもので、写真の場合ね。
そのカタチのポートレイトだけ撮るのではなくて人間に纏わりつく、その人が発する空気みたいなもの。それが撮れるとあっ「撮れた」「触った」となるんですよ。
”その人間が発する空気。空気と人間が一体化する。”
よくいう空気感とはこういうことなのでしょうか。
だとすればこの空気感を切り撮れる操上さんも、空気と一体化してしまえる大江さんも到底手の届かない境地の方たちだな〜と。
会期が終了してしまっていて実際の「PORTRAIT展」に足を運べなかったことが非常に残念です。きっと番組を通して感じたものは自分の中で作り出すイメージの方に寄せてしまっている気がするので、機会があれば次は直に操上さんの世界を感じてみたいです。
最後に・・・
普段、私はどのくらい相手の目をみてコミュニケーションをしているのでしょう。
目が合う、というのはとても緊張します。恥ずかしさもありますが、それ以上に相手に対して警戒心やコンプレックス、畏怖や卑下・・・などの感情が少しでも混じっているととても相手の目をまっすぐに”見つめる”ことは出来ないように思います。
今はまだまだ、まっすぐに見据えることも出来ず、その癖かなり偏った見方をしがちですが
少しずつ、あらゆることを「まっすぐに見る」訓練をしていきたいなと、
そんな風に思いました。
今回三池監督については殆ど触れていませんが、怖そうに見えてとても愛情深いお人柄がひしひしと伝わってきました。
長くなりましたがこの辺で。
中條 美咲