ジブリ熱も少し穏やかになった秋の中ごろ。
足を運ぶには幾分くじけてしまいそうな気持ちを叩き起こして、江戸東京たてもの園にて開催中の「ジブリの立体建造物展」に行ってきた。
東京の東小金井という駅で降り、ピンク色の小型バスに乗って、言葉にだけ聞いたことのある草木が生い茂った” 玉川上水 ”の脇道を歩いて到着した。
驚くなかれ、入場料は大人400円。
後でそのボリュームの多さに金額設定を見直した方がいいんじゃないかなと思ってしまう。
スタジオジブリの地元であるということも相まってか、良心的すぎる。
この展示の意図は、「部分を見れば、全体が見える。」ジブリ作品に登場する建造物の観点から、作品を捉えてみようというもの。そして人との密接な関係を持つ、建築の魅力が伝われば幸いとのこと。
それぞれの建造物についての解説は、ジブリの機関誌『熱風』でもお馴染みの建築史家・藤森照信さん。
この解説が、とてもわかりやすくてあたらしい発見ばかりで面白かった。
普段はどちらかというと、作品背景のひとつに過ぎない建物の持つ意味がこんなにも奥深いもの、昔からの土俗的な価値観のようなものがちりばめられていたということに光が照らされて・・・
妙に関心して納得することにもなった。
例えば藤森さんのこんな解説文。
(部分的に抜粋してメモをとったので説明文そのものの内容とは多少異なってしまいます)
〈かぐや姫の物語〉
日本の場合、直接月を見ることは風情があることではない。虚像を見る方が高度な美学。見ている人は部屋に座っていよいよ月に誘われて庭へ出る。磨かれた簀子(すのこ)にその月影を映したに違いない。月と竹をつなげる思想は他の国ではあまりみられない。
植物が人を宿してもおかしくない考えは、土俗的な古き日本人が考えた月と竹の関係だと思う。〈となりのトトロ — 新しいものの受け入れ方〉
日本の場合、前のものを残しつつ、新しいものを横におく「並置する 」という方法をとっていた。おそらく島国ということが影響している。
排除するわけでもなく、融合するわけでもなく、行き場をなくさないため。〈となりのトトロ — 古びたものと自然〉
古い家はもともと人がつくったもの。時間が経つことによって自然と親和する。〈風の谷のナウシカ — 泥〉
泥は最後の産物。大地の元。デザインしようとしまいと見る人の意識を吸ってしまう空気みたいなもの。
ジブリの建造物について、鈴木敏夫さんはこんな風に記されていた。
〈ジブリの建造物〉
あるとき、加藤周一さんから直接教えられたことがある。西洋の人が江戸屋敷を見学すると、その建築構造の複雑さに、これをどうやって設計したのか、大概の人が驚愕するのだそうだ。回答は、江戸屋敷には設計図が無い。日本の建物は部分から造り始める。まず第一に、床柱をどうするか。床柱が決まれば、つぎに床板と天井板。その部屋が完成してはじめて、隣の部屋をどうするのか考える。その後、”建て増し”で全体が出来上がる。
これとは真逆に、西洋では、まず全体を考える。教会がいい例だ。天空からみると十字架になっている。真正面からみると左右対称。その後、部分に及び、祭壇や懺悔室の場所や装飾などを考える。
目から鱗が落ちた。長年連れ添った宮さんについて本能で思っていたことを理屈で理解できた。『ハウルの動く城』を思い出して欲しい。
「鈴木さん、これお城に見える?」宮さんは、まず、大砲を描き始めた。これが、生き物の大きな目に見えた。 — ・・・(中略)西洋人には理解できない。何が何だか訳が分からないデザインなのだ。だから、現地の反応も、豊かなイマジネーションだ、まるでピカソの再来だ、になる。(中略)
吹き抜け螺旋階段*は、むろん、西洋の影響だろう。そして、半径3メートル以内からの発想は日本的ということに違いない。宮崎駿は、21世紀の和洋折衷の建造物を造り続けている。*…三鷹の森ジブリ美術館の中枢。ここを起点に今の美術館が生み出されたそう。
宮崎駿がファンタジーを最も得意とすることが本当によく分かる。一方の高畑監督はいつも必ず対極を照らし出してくれている。
〈高畑勲が考えたこと〉
見落としがちなものに光を当て、丁寧に心の動き、その変化の過程を表現することで、小さな世界が全世界にも匹敵する感動をもたらすというものになる。
建造物というあくまでも背景の一部に過ぎない空想的で現実的な建物を巡って、このような角度からジブリ作品を捉えてみてもやっぱり面白い。新しい発見と懐かしさが同居して溢れていた。
最後に。
後半の辺りで〈懐かしさと無意識〉というボードがあった。
なぜ人はみな「懐かしさ」を感じられるか。というような問いと共に「懐かしさ」を感じることによって「自分が自分である」ということを確認できているから人間は生きていられる。懐かしさは人間の心の安定のために不可避、「国破れて山河あり」というところに行き着くのはそのためではないか。というようなことが書かれていた。
自分の中にあった小さな問いかけみたいなものがその説明とともにまたひとつ、消化された気がした。
懐かしさというのは、実際に自分がその風景を一度も目にしたこと・触れたことがなくてもそれぞれの中に感じることができる。とても不思議な感覚。
それは、意識の部分を簡単にすり抜けて、無意識下まで浸透してしまっている。生まれる前から脈々と流れ続けているものの一つでもあるような。
きっと、いずれはそこに戻っていく。還りたいと思うのかもしれない。懐かしくてほっとして。知らないのに前から知っていると思える環境のもとへ。
これは日本人に限らずに。
そんな「懐かしさ」という地盤がしっかりと根付いているから、私たちは国や言葉が違えど安心してジブリ作品を受け入れてしまえるのかもしれないなぁ。と・・・
根底に流れ続けるキーワードは「懐かしさ」。そこをきちんと捉えて安定させることが、人が ”ヒト”として生きていくのにとっても大事。
そんなことを学べた展示会だった。
会期は12月14日まで。…気になる方はぜひ。
その後、本場?「たてもの園」の敷地に足を踏み入れるのだけど、それはまた今度・・・
それではこの辺で。
中條 美咲